出撃準備10
聖都から北東、巨大要塞から見ると南東に位置する場所に、ドゥナンという名の街がある。聖王国でも三本の指に入る都市で、周辺には穀倉地帯が広がっておりその集積地として発展した場所だ。聖王国残党軍はそこにいた。
構成員の多くは、地方に駐屯していた聖王国軍の兵士である。平和な世であれば、紛争地帯から遠く離れた地方の警備というあまり危険ではない任務に従事して彼らの一生は終わる事となっただろう。だが、時代がそれを許さなかった。ある日突然「聖都が陥落し、王族が死亡。聖王国は滅亡した」という報が入ったのだ。
突然の聖都陥落、王国滅亡――いったいどうして良いのか分からない。だが、バラバラになってもらちが明かないという事だけは分かっていた。それ故に彼らはこの地に集結したのだ。だが、エレオノールやユンカース、聖騎士達が前線で戦っている間に後方の警備を行っていた者達ばかり。実戦経験は乏しい。
彼らを統率する者として、何名かの地方貴族達がいる。彼らは聖王国の中枢である門閥貴族でこそなかったが、プライドは高い。それゆえにヒューゴに従う気などはなかった。そんな面々で構成された聖王国残党軍だが、言ってみれば烏合の衆だ。ひとまず集まってはみたのの、ヒューゴに勝つためのビジョンなどはない。そんな折に、ヒューゴ軍から来た使者はこう言った。
「ヒューゴ皇帝陛下は、あなた方と敵対したいとは考えていません。エレオノール軍との戦いで邪魔をしなければ、聖王国の再独立を認めると言っています」
この通達に、貴族も兵士も安堵した。強力なヒューゴ軍と戦わずとも、ただ傍観しているだけで自分達の安全が保証され、さらには聖王国の再独立も認められるのだ。こんなにおいしい話はない。多くの者が、ヒューゴ軍の通達に従う事を承知した。事実、その通りになるはずだった。
ある男が、この集団に合流しなければ――。




