出撃準備8
「皇帝陛下、よろしいでしょうか」
執務室の外から声をかけられ、ヒューゴは、
「入りたまえ」
と短く応じた。扉が開くと、現れたのはヒューゴ軍の上将軍、クロエ・フィレルだった。
「出陣のための準備、滞りなく進行しています。我が軍総勢100万、予定通り明後日には聖都を出立できるかと」
100万。それが、ヒューゴ軍がエレオノール軍を打ち砕くために揃えた兵数だ。ヒューゴは、己が最強である事を知っている。だが、その上で敵を倒すために全力を尽くすつもりだった。油断はない。
「ただ、唯一…特務竜兵隊が勝手な行動を起こし周囲の部隊と軋轢を生んでいるようです」
ヒューゴは、エレオノール軍に勝つために揃えられる限りの人材を揃えている。時には自らの武力を背景に威圧し、時にはエレオノール軍に勝った暁には多大な褒美を与えると約束して。それ故に100万という数を揃える事が出来たのだった。そして、その中には特務竜兵…ジークフラム率いる部隊も含まれている。もっとも、ジークフラムはヒューゴの武力を恐れた訳でも褒美も求めた訳でもなかったた。
「皇帝陛下、恐れながら申し上げます。ジークフラム・ガイゼを処刑した方が良いのではないでしょうか」
ジークフラム率いる特務竜兵隊の最大の武器は、当然竜兵にある。だが、先の戦いで多くの竜がレイア率いる剣士隊を始めとする聖王国軍に討たれた。残っているのは、僅か数頭。無論、それでも戦力には違いないが…しかし、ジークフラムは強調するという事を知らない。味方にいたとしてデメリットの方が大きいのでは、とフィレルは考えていた。だが、ヒューゴはゆっくりと首を振った。
「ジークフラムという男は純粋だ。君も認識しているように、己の感情のままに動く――まさに獣。それ故に、自分自身の怒りに対しても正直だ」
ジークフラムは己に屈辱を与えた人間を忘れない。ツバキ・ニイミ、エレオノール・フォン・アンスバッハ、ウィル・ユンカース、レイア・リヒテナウアー…さらには味方であったはずのヴォルフラム・フォン・クレヴィングすらいつか殺してやろうと考えていた程だ。
「今、ジークフラムが憎悪を抱いている者の中で生き残っているのは、ツバキ・ニイミとエレオノール・フォン・アンスバッハの両名のみ…この2人を殺すためならば、彼は命すら惜しまないだろう」
ヒューゴは、はっきりと認識していた。自分の敵は誰であるのかを。誰を倒せば勝ちなのかを。それは、ツバキとエレオノールの両名に他ならない。その両名を倒すための駒として、ジークフラムよりも有用なものはなかった。




