戦場へ
「王太子の能力?」
椿にとって予想外の質問だった。新しく誰かの能力を見て欲しい、という風に頼まれると思っていたからだ。しかし…思い返してみれば、確か王太子の能力も目にしていたはずだ。
「えっと、確か…」
記憶を辿る。
13 32 36 09 と、このような数字が浮かび上がったはずだった。つまり王太子の能力は、
指揮13 武力32 知謀36 政策09
となる。酷い能力だった。もし『家康の覇道』にこんな能力値の武将がいれば、ユーザーに『カス武将』と言われている所だ。
「えっと、僕が王太子に殺されそうになったから、恨んでわざと悪いように言ってる…とか、思わないでね?」
「もちろんだ」
「それじゃあ、遠慮なく言うけど…剣を取っての戦いと、作戦立案については人並み以下だけど最悪ではない、って所。軍を指揮する能力と、国とか街を統治する能力は…正直、壊滅的なレベルだと思う」
「…そうか」
エレオノールの表情が険しくなる。
「あの、ごめん」
「ん?」
「その…王太子って事は、この国の次期王様って事なんでしょ?そんな人の事を悪く言って…」
「いや、能力を聞かせて欲しいと言い出したのは私の方だ。気にしないで欲しい。ただ、他の者の前では口にしない方が賢明かもしれないね。不敬罪となりかねない」
そう言うと、エレオノールは考え込むように目を閉じた。しばらくして、意を決したように目を見開いて立ち上がった。
「ツバキ…食事が終わったら、部屋へ戻って来てくれ。私は先に戻っている」
そう告げて、エレオノールは立ち去っていった。
食事を取り終わった椿が部屋へと戻るなり、
「ま、まじっすか!?」
という声が響いた。副長、エマ・リッツの声だ。
「ああ、本気だ。兵達への伝達を頼む」
「え、え、え〜!」
どうやら、部屋でエレオノールとリッツが話をしていたようだ。彼女達は、椿が入室した事に気付くとそちらへ顔を向ける。
「ツバキっち〜!大変な事になったっすよ〜!」
エマが泣きついた。
「え…ど、どうしたの?」
「エレオノール隊長が、馬鹿王太子の援護のために今から戦場に駆けつけるって言ってるんっす」
「え、え!?そ、それ、ほんと?」
椿はエレオノールに対し驚きの表情を向けた。
「ああ」
「でも隊長、予定ではそろそろ戦いが始まってるはずっすよ!もしかしたら、もうすでに開戦してるかもしれないっす。間に合わないですよ〜!」
と、リッツ。
「いや…。そうとも言い切れない。聖王国軍と帝国軍の予定戦場はロンシエ平原。昨日我々がいた野営地の西方、5セタス(1セタス=約1km。5セタスは約5km)の場所だ。馬を急がせれば今日の昼前には到着できる。その時間ならまだ戦いは終わっていないはず。何らかの役に立てるかもしれない」
「例えそうだとしても命令違反っすよ!自分たちはここで待機するよう言われてるんっすから〜!」
「リッツ副長」
エレオノールは、改めてリッツに向き直った。
「このままだと、我が軍は壊滅するぞ」
「え、え!?そんな事…」
「帝国軍の総司令官は『帝国の双剣』のひとり、ヒューゴ・トケラウ。帝国軍最強の将だ。対して、我が軍の総司令官はまともな軍務経験のないの王太子殿下…あまりに分が悪い」
「そ、それはそうっすけど、そんな事は事前に分かってたじゃないっすか、隊長っ。あと、兵力自体はこっちの方が多いはずっす。聖王国軍10万に対して、帝国軍は5万ちょっと。倍の兵力差があれば、なかなか負けるもんじゃないです。自分たちの出番なんて多分ないっすよ。むしろ勝手に戦いに加わろうとしたら命令違反で処罰されちゃうかもっ」
「私たち聖王国の軍人は、王太子殿下の指揮能力を心のどこかで期待していた。国王の家系…リーセンバッハ家には名将が多いからね。少なくとも、軍事指揮官として人並みの力はあると、そんな風に考えていた節がある。リッツ副長、君もそうなんじゃないのかな」
「そりゃ、まあ…馬鹿王太子と陰口は叩いてたっすけど、いざ戦になったらそれなりに優秀なんじゃないかとは思ってたっすね…」
「しかし、それは誤りだった」
「え?」
「我々は、期待しながらも薄々勘づいていた。王太子殿下は軍人としての能力が欠如しているのではないかと。そしてそれは…正解だった。名将と愚将が戦えば、例え倍の兵力差があっても勝つ事はできない」
「な、なんで王太子が愚将だったって突然分かったんすか?昨日まで、隊長、そんな事全然言ってなかったのに…」
「ツバキが教えてくれた」
「へ?」
リッツは、呆然と椿の顔を見た。
「ツバキ曰く、王太子殿下の指揮能力は壊滅的だという。私は、ツバキの言葉を信じる」
「え、え、え〜!そんな理由っすか!?」
「その通り。さあ、リッツ副長。これ以上説明に割く時間はない。兵達に招集をかけよう」