出陣準備2
「いいわよ。ちょうど暇してたの」
エステルは扉の外に向かってそう答えた。暇だったというのは無論、嘘だ。しかし、余裕を見せるのも指揮官の仕事のひとつだと彼女は心得ている。
「失礼します」
そんな声と共に部屋に入ってきたのは、聖王国軍兵士…と、北統王国の女性軍人。すなわち、エッカルト将軍である。もっとも、北統王国軍は解体されたため、『元将軍』と言うべきかもしれないが。彼女は一応は捕虜という扱いだが、基本的な行動の自由を認められている。聖王国軍兵士の方はエッカルトの付き添いだったらしく、
「外で待機しています」
と部屋を出て行った。エッカルトは部屋の中を見回した後、口を開く。
「大変そうですね」
「ま、相手が相手だからね。あと、そんな改まった口調でなくてもいいわよ、エッカルトさん」
「いえ、それは…」
一瞬ためらうエッカルトだがそんなのは自分らしくないと考えたのか、
「分かったわ。エステル・ラグランジュ殿」
とすぐに口調を崩した。こうして2人きりで話をするのは初めての経験だったが、彼女はとてもそうは思えなかった。何しろ、エステル・ラグランジュはかつてイルメラ・エッカルトが守っていた巨大要塞を陥落させた張本人だ。あれ以来、ずっと…エステル・ラグランジュの名を忘れた事はなかった。




