出陣準備
エレオノールの皇帝就任式が行われたその翌日。エステル・ラグランジュは執務室で作戦計画に頭を悩ませていた。
ヒューゴ軍との決戦は、おそらく平野部に両軍を展開して真っ向からのぶつかり合いとなるだろう。残念ながら、巨大要塞を使っての防衛戦という手段を取る事は出来ない。もしこちらが巨大要塞に籠ったとしても、ヒューゴ軍が攻めて来る事は無いだろう。何故なら、時間の経過はヒューゴ達に味方するからだ。
今現在、世界のほとんどはヒューゴ軍の勢力下に置かれているとはいえ、その支配は完璧ではない。地方ではヒューゴの支配を良しとしない勢力が小さな反乱を起こしている。ヒューゴは、そういった事態に対処するために各地に兵を配置している。だが、時間が経てばそういった反乱も完全に鎮圧されてしまう。そうなれば、ヒューゴは支配下の兵のほぼ全てをエレオノール軍への対処にあてる事が可能となる。つまり、時間が経てば経つほど、ヒューゴ軍は強大になっていくという事だ。
それ故に、エレオノール軍はこちらから打って出てヒューゴ軍に決戦を挑む必要がある。
「それならそれで、何か正面からの決戦が有利になるための手を打ちたいんだけど…」
例えば、敵軍に誤った情報を流して混乱させたり敵にとって不利な地形に誘い込んだり…など、いくつかの案がエステルの脳裏に浮かぶ。だが、その次に浮かぶのは二つの名。
フェルマー・シャルンホスト。ミュルグレス・レイ。
知略という点において、この2人の力はおそらく自分と同程度だろう――。エステルはそう見ていた。そして事実、先日椿に教えてもらった解析の結果でも、それは証明された。すなわち、下手な手を打ったとしてもそんなものは敵にとってお見通しだという事だ。
「まあ、やれる事をやるしかないか」
ため息と共にそんな呟きを漏らした時、部屋のドアがノックされ外から声がかけられた。
「エステル・ラグランジュ殿。お忙しいところ恐縮ですが少しよろしいでしょうか?」




