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新天地

 北部要塞ノルドは、おおまかに二つの地域に分けられる。まず、多くの市民が住む南部の市街地。そして防御能力を備える北部の要塞地域。


 椿たちは、まずは市街地から北部要塞ノルドに入った。そして驚いたのは…その賑やかさだ。単純な都市の規模、人口という事であれば聖都の方が広く人も多い。しかし、北部要塞ノルドには聖都を上回る活気があった。途中、市場の近くを通ったのだがあまりに人が密集しており、迂回しなければなかなかった程だ。


(これが北部要塞ノルド…。要塞の中なのにこんなに賑わってるなんて…)


 街中という事もあって、椿たちは馬から降り街を進みつつ…その繁栄ぶりに目を見張る。住民の方はと言うと、


「おうい騎士さんたち。聖都から来なすったのかい?落ち着いたら、ウチの酒場に足を運んでくださいよ」


 などと気さくに話しかけてくる。要塞都市らしく軍人には慣れている様子だ。


「はい、いずれ立ち寄らせていただきます」


 エレオノールは住民に笑顔で答える。その凛々しくも温かな表情に、住民たちは湧き上がった。


「騎士様、もし甲冑が壊れた時はウチの鍛冶屋を頼ってください!場所はここです、この横道に入った所で…」

「私の劇場にも足をお運びくださいね、騎士様!」


「はい。――ぜひ、お邪魔させていただきます」


 エレオノールの周囲に人だかりができる。彼女は到着して早々に住人たちの心を掴んだようだ。


(やっぱり、エレナは人を惹きつける魅力があるよなあ…)


 それは見た目が美しいから…だけではない。その物腰、佇まいに人を惹きつけるものがあるのだった。


「そこのお嬢さん…あんた、弓兵さんかい?」


「へ?自分っすか?」


 初老の住民がエマに声をかける。


「ああそうだ。もし矢が無くなったらワシの所に来い…ワシの矢は毛ほどの狂いもなく真っ直ぐ飛ぶぞ」


「はい、そうさせていただきまっす!」


 エマはにっこりと微笑んだ。


「ねえねえ、そこの兵隊さーん」


「ん、ああ…俺か?」


 今度はリヒターが声をかけられた。声をかけたのは…年若い女性たちだ。


「兵隊さん、もし暇ができたら…私たちが街を案内しますよ」

「私たち裁縫店で働いてるんです。品物を届けたりもするから街には詳しいんです」


「ああ、そりゃ有難いが…」


 リヒターは頭をかいた。これは彼が面倒くさがっている時の癖だ。彼としては、


(休みの日は街で遊び歩くより部屋でゴロゴロしていたい)


 というのが本音なのだろう。どうやって断ったものか…と、考えを巡らせていたリヒターだったが、椿の姿を視界の端に収めると何か気がついたようで、


「――あ、そうだ。軍師殿、ちょっと」


 と手招きする。


「…?どうしたんですか?」


 リヒターに近付く椿。そしてリヒターはその背をトンと押し、女性たちの前に立たせた。


「街を案内してくれるってんなら、このツバキ軍師の案内を頼む。――ここだけの話、この軍師殿は超優秀でな。将来は大出世間違いなしだ。玉の輿を狙ってんなら、俺なんかを誘うより軍師殿を誘った方があんたらにとっても得だと思うんだがなあ」


「え、本当!?」


 将来は大出世間違いなし――そう聞いて、女性たちの目の色が変わった。


「それなら、今度おねーさんが街を案内してあげるわね、えーと…軍師のツバキ君?」

「ふふ、この子…かわいいじゃない。ちょっと…いや、かなりタイプかも…!」

「ね、おねーさんたちに任せて…」


 椿はたちまち、女性に取り囲まれてしまった。この時になって、椿はようやく気がついた…リヒターの策略にはめられた事を。


「ちょ、ちょっと…ぼ、僕は別に大出世間違いなしとかじゃないですから…!リ、リヒターさん…!」


 と助けを求めるも、


「いやー…軍師殿、モテモテで羨ましい限りだな。ははは…」


 そう言って、椿から距離を取る。


「リ、リヒターさん…!」


 助けを求める椿の声は無情にも無視された。


「もう…逃げないで」

「ほらあ、おねーさんと遊びましょ?」


 結局…椿はこの後エレオノールに救助されるまで、女性たちに囲まれ撫でられ豊満な肉体を押し付けられ…ともかく、大変な目に会う事となった。


 何はともあれ、エレオノール隊が北部要塞ノルド市民と親交を深めたという意味では、悪くない出だしであったと言える…のかもしれない。

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