新たな戦地へ
新生エレオノール隊、総員千名が聖都の北部に集結した。列の先頭には部隊長たち。その後ろには、歩兵、騎馬、さらには糧秣を運ぶ荷車などが整列している。
隊長のエレオノールが先頭に進み出た。百騎隊から千人隊隊長へと昇格したばかりにも関わらず、その佇まいに気負いはない…堂々たるものだ。
「我々はこれより、北部要塞へ向けて進軍する。北部要塞の司令官は聖王国の中でも半独立した指揮権を持っている。中央とは勝手が違い苦労する事もあるだろう。しかし、聖王国を守るために共に戦おう」
長剣を抜き放ち、北へと向かって振り下ろす。
「さあ――進軍だ」
角笛が鳴らされる。その合図と共に、千人隊は進軍を始める。――新たな戦場に向けて。
広大な領土を持つセリュリウス聖王国は、いくつかの国と隣接している。そのひとつは、西方にある帝国ことガイゼリウム帝国。さらにその逆、聖王国の東方にも隣接する国家があった。その名はレスヴォア大公国。
聖王国と大公国、両国間の戦争が始まりすでに3年が経過している。時を遡れば、この二国間の関係は良好なものだった。ところが大公国の元首である大公が代替わりしたのを期に、大公国は帝国と同盟を締結、聖王国に対し戦いを挑んできたのだった。
当初、戦いは大公国有利に勧められていた。聖王国の軍事指揮官である門閥貴族達はお世辞にも有能とは言えない人物揃いだったし、大公国は帝国の支援を受けていたという理由もある。聖王国の領土は徐々に侵略され、西からは帝国、東からは大公国の挟み撃ちにあいいずれは滅亡するのではないか――そんな噂も囁かれる程だった。しかし、1年前に両軍の戦いは転機を迎える。聖王国最強と言われる7人、聖騎士七騎が大公国戦線に投入されたのだ。
それから状況は一変した。聖騎士七騎率いる聖王国軍が大公国軍の侵攻を食い止め、さらには押し返し…今では、逆に大公国の首都に迫らんとする勢いを見せていた。
聖騎士七騎筆頭――通称、正義の聖騎士は丘の上に設けられた聖王国軍本営から大公国を見下ろす。風が強い。丘の上の草木は踊るように揺れ続けている。そしてその風に身じろぎもせず、白金色の髪を靡かせるその姿はまるで一枚の名画を思わせた。
「只今伝令が戻りました」
副長が報告する。本来ならば万軍の将にも相応しい男なのだが、正義の聖騎士の前ではその存在感も霞んでしまう。
「報告を聞こう」
「はっ。まず、イゾルデ・ファストルフ卿ならびにカイ・ネヴィル卿は滞りなくこちらへ向かわれているとの事」
「それは良かった。二人の抜けた穴は大きかったからね。早く帰ってきてくれる事を望むよ」
その言葉を聞いて副長は思わず苦笑してしまう。確かに、イゾルデ、カイは有能な騎士だ。それは万人が認める所だろう。だが、例えその二人が抜けていたとしても――残り5人の聖騎士さえいれば、問題なく大公国を打ち砕けるはずだ。それだけの力が、彼らにはある。
「さらに――」
副長は報告を続ける。
「お気にかけられていた、エレオノール・フォン・アンスバッハ殿の隊ですが…どうやら、無事編成が完了したそうです。上層部の邪魔が入ったようですが、カイ・ネヴィル卿の従姉妹殿や元ユンカース隊の副長などが加わり、なかなかの隊になったようで」
「うん、これもまたいい報せだ」
そう言ってゆっくりと頷き――「ああ、本当にいい報せだ」と、呟いた。
「そう…ですか?」
副長は、なぜ聖騎士七騎筆頭たる彼がたかだか千人隊の隊長程度を気にかけるのかその理由が分からなかった。
(確かに、アンスバッハ家というのは気に掛かる存在ではあるが…)
しかし、名ばかりではないか。そんな者を気にかける必要があるのか――そう思ってしまう。
「楽しみだね」
「楽しみ…?」
言葉の意味が分からず、副長は問い返してしまう。
「ああ。アンスバッハ殿、そして噂の軍師殿…彼らと共に戦える日が来るのが楽しみだよ。もっとも、それはもう少し先になるだろうけど」
一際強い突風が丘の上を襲った。副長は思わず顔を手で覆う。しかし、正義の聖騎士は瞬きひとつせず真っ直ぐに正面を見つめる。
「随分と帝国に押されっぱなしだったけれど――さあ、そろそろ我々が反撃する番だ」
正義の聖騎士は視線を北へ向けた。椿たちが向かう、遥か北へと。
第二章 束の間の平穏 終了
第三章 北部攻防戦へ続く




