襲撃事件
アイヒホルン配下で聖王国軍の捕虜となった元帝国兵の多くは聖都へ移送されていた。巨大要塞に収容できる捕虜の数には限りがあったためだ。しかし、まさかロルフが聖都クーデターのどさくさに紛れて捕虜収容所から脱出しているとは予想外だった。
そんな彼の手から渾身の力を込めて投槍が放たれる。だが、シャルンホストに向かって放たれた槍は彼に届く直前に剣によって弾かれる。それを成し遂げたのは、シャルンホストの前に立ちはだかった男――ヒューゴ・トラケウだ。ヒューゴは漆黒の騎士服に身を包み、いつもと変わらぬどこか物憂げな表情を浮かべたままだ。一方のシャルンホストも、命を狙われたというのにその顔にはいつも通りの嫌らしい笑みがへばりついている。
「まだ来ますよ、大将軍」
「ああ」
シャルンホストの言葉にヒューゴが頷いた次の瞬間、壇上に青年が駆けあがって来た。椿は彼の顔にも見覚えがあった。元精鋭槍騎士長、ユルゲン・バイルシュミットだ。
今回の暗殺計画は二段構え――すなわちロルフが投槍を投擲し、そこで生じた隙にユルゲンが接近、シャルンホストの命を奪うというもの。ロルフとユルゲンには、この作戦に絶対の自信があった。ユルゲンの武器は両手に持った二本の槍だ。
(片方の槍でヒューゴを牽制し、もう片方でシャルンホストの命を奪う…!)
シャルンホスト本人に戦闘能力は皆無。一瞬でもヒューゴを牽制できれば、シャルンホストの胸に槍を突き立てる事が出来る。もっとも、その直後に自分の命も奪われるだろうが――構わない。そんな覚悟で行われた襲撃はしかし、失敗に終わる。
「なっ…!」
ユルゲンの瞳が大きく見開かれる。彼の二本の槍は、ヒューゴの構えた二本の剣によって受け止められていた。




