千人隊編成6
(あの日の近衛兵…?)
そう言われて、よくよく顔を眺めてみる。キリっとした眉は男性的だが、それ以外の部分…口元や目元などは、むしろ穏やかな印象を受ける。
そういえばあの日あの場で見かけた顔である…ような気がする。
「あの日は色々と大変でありましたからね。私の事などまともに覚えていなくて当然です」
女性騎士は椿に微笑みかけた。椿は、「すみません」ともう一度謝った後、
「あの日あの場所にいた近衛兵の方だって事は分かりました。でも…エレオノール隊に志願したいっていうのは?」
と問いかけた。
近衛兵、それも王の傍に控える兵ともなればかなりのエリートである事が予想できた。そんな人間が、わざわざエレオノール千人隊に志願するというのは少々不思議だった。
「まず第一に…」
と言った後、女性騎士は周囲を見回した。近くに人がいない事を確認すると、改めて口を開く。
「我が国の近衛兵は非常に軟弱であるという事が挙げられます」
「軟弱…?」
そういえば、以前もチラリとそんな話を聞いた記憶があった。
「近衛兵は下級の貴族出身者が大半を占めます。彼らが近衛兵を志願する理由は何だと思われますか?」
「えっと…王様を守りたい、とか?」
近衛兵というのは王族を守護するのが役目らしい。という事は、国王に対する忠誠心から志願するのだろう。そう思ったのだ。
「もちろん、そういった志を持った方もいるにはいるでしょう。しかし、大半の者が近衛兵を志願する理由は…安全だから、です」
「安全…」
「はい。近衛兵は王族を守護するのが役目。基本的には、聖都で王の警護を行っていればそれで良いのです。前線に出る機会は極めて少ないのであります。それに加えて聖都は平穏ですからね。王の命を狙うような不届き者など100年以上現れていません」
「なるほど…」
椿は頷く。
「それでいて、王族の護衛という栄えある名誉だけは手に入るのです」
「そっか…だから、下級貴族の人達が近衛兵になりたがるんですね」
「その通りであります。門閥貴族達はもっといい地位を選べますが…そこまで力のない貴族にとっては、危険が少なく名誉の大きい近衛兵というのは、非常に『おいしい立場』と言えるでしょう。しかし、裏を返せば近衛兵というのはやる気のないお坊ちゃん連中の集まりという事になります」
女性騎士は、ため息を吐いた。
「私は、王を守るという役目に憧れて近衛兵を志願したのですが…近衛兵の現状を目の当たりにして、嫌気がさして来ました。それに…王太子殿下のわがままに付き合わされるのもこりごりというか…」
(そっか、王族の身を守るのが仕事って事は王太子の警護もしなくちゃいけないんだよな…)
王太子に振り回され続ける近衛兵達を想像した椿は、内心で同情を禁じえなかった。
「しかし、そんな時に現れたのがツバキ殿、貴方です。王太子を前にして一歩も引かぬその姿…私は痺れました。そして、貴方の所属するエレオノール隊に志願しようと決めたのです。――というのが、私がエレオノール隊を志願する理由の半分です」
(半分?)
椿はその言葉に違和感を疑問を覚えたが、女性騎士が話を続けたためひとまずは疑問を置いておいた。
「もっとも、エレオノール隊への転入を掛け合った所、上層部に阻まれて…近衛兵をクビになってしまいましたが」
そう言って、女性騎士は照れ臭そうに笑う。
「い、いや…クビって、大丈夫なんですか!?」
「問題ありません。近衛兵自体はクビになりましたが、軍に所属している事には代わりがないので。むしろこれで自由に動きやすくなったというものであります」
女性騎士は相変わらずの笑顔だったが…近衛兵が本当に『おいしい立場』であるならば、それを蹴ってまでエレオノール隊を志願してくれたというのはありがたい事だった。
「それで…ツバキ殿。私をエレオノール隊に入隊させていただけるでしょうか?」
「それは勿論、大歓迎です。確実な事はエレナ…エレオノール隊長に聞いてみないと分からないですけど、きっと喜んで迎え入れてくれるはずです」
「それは良かった」
女性騎士はほっと胸を撫で下ろす。
「いやあ、そちらの了解も取らず勝手に近衛を飛び出してきて…これで『だめだ』と言われたら、私、どうしようもない所でした」
そう言って「あっはっは」と笑い声を立てる。
(悪い人じゃないけど…ちょっと、天然な雰囲気のある人だなあ)
椿は、女性騎士に対してそんな印象を抱く。
「それじゃあ、今から屋敷に向かいますか?エレナももう屋敷に帰っているかもしれないし。えっと…」
と、女性騎士の名前を呼ぼうとして、まだ彼女の名を聞いていない事に気がついた。
「すみません、お名前を伺ってもいいですか?」
「おっと、これは失礼いたしました」
女騎士は非礼を詫びて、慌てて姿勢を正す。そして、胸の前に手をあて敬礼する。
「私の名は、ボゥホート・ネヴィルと申します」
椿は敬礼を返しながら、彼女の自己紹介に引っかかる部分を感じた。ボゥホートという聞き慣れない名前に…ではない、姓の方だ。
「えっと…ネヴィルって、確か…」
記憶を探る…そうだ、カイの姓がネヴィルだったはず…。
「はい、私はカイ・ネヴィル卿の従姉妹なのです。先ほど、私がエレオノール隊を志願した理由の半分を説明いたしましたが…もう半分は、カイ義兄からあなたの警護を依頼されたからであります。どうかよろしくお願いいたします――カイ義兄の将来の夫たる…ニイミ・ツバキ殿」




