アナリティクス・オン
「ん?どうしたんだい?」
エレオノールは、椿が何やら深刻そうな顔をしてこちらを見つめている事に気がついた。
「い、いや、その…どうしてエレナは凄く優秀なのに、もっと偉い地位についてないんだろうって思って…」
エレオノールの地位は『百騎隊長』。それがどの程度の地位なのかははっきりとは分からなかったが、昨日王太子と共にいた幕僚達や、この城砦の司令であるバスチアンの態度を見るとあまり高い地位ではないようだった。
「ふふ、私はそんなに優秀な人間じゃあないよ。可能な限り優秀であろうと私なりに頑張ってはいるけれどね。…まだまださ。自分の未熟さばかり思い知らされる」
「そ、そんな事ないよ。エレナは多分、この国の中でも指折りの能力を持ってる。僕には…その、分かるんだ、それが」
「お世辞でも嬉しいよ。ありがとう」
「お世辞じゃないって…!だったら、証明してみせるよ。エレナ、この食堂で知り合いの人って、いる?」
「今、この食堂の中でかい?そうだな…」
エレオノールは周囲を見回した。机三つ分隔てた所にいるふたりの男性に視線を向けた。ひとりは大柄でいかつい男、もう一人は小柄で眉の細い男だった。
「あのお二人は、かつて同じ任務についた事がある。でも、どうしてそんな事を聞くんだい?」
「ちょっと待っててね…」
椿は、エレオノールの示した男の方を向いて、片目を閉じた。
(解析・開始!)
心の中で叫んだ。ちなみに、この叫び声に意味はない。なんとく格好いいかなと思って叫んでみただけだ。
数字が浮かび上がる。大柄な男は、
指揮33 武力28 知謀76 政策72
小柄な男は
指揮62 武力78 知謀40 政策14
という能力だった。
椿は、エレオノールに向き直る。
「あの大柄で強面な人、戦いは苦手なんじゃないかな。むしろ作戦立案とか、管理系の仕事の方が得意みたいだね。逆に、小柄な人の方はなかなかの猛将と見た。…どう?」
「…よく分かったね」
エレオノールは感嘆の声をあげた。
「大柄な方はヌガザ城砦の作戦参謀アドン・ハーケ殿。外見からは恐ろしさを感じるかもしれないが、実の所深い学識をお持ちだ。もう一人の小柄な方は二百兵隊長のペール・リュプケ殿。物静かな見た目に反して、戦いとなると真っ先に最前線に飛び込んで成果を上げる武闘派だ。いや、驚いた…あの方達は、よく見た目と中身がちぐはぐだと言われるものなのだが…君は、どんな人物なのか見事に当ててみせたね」
「こう見えて僕、人の能力を見極める目は得意だから」
得意げに言ってみせた。実際の所、『人の能力を見極める』事が出来るようになったのはごく最近の事なのだが。
「だから、エレナが凄く…いや、とてつもなく優秀っていう僕の見立ては、絶対正しい。信じて欲しいな」
「…分かった。ツバキの言葉、素直に信じさせてもらおう」
「うん、そう思ってもらえて良かった」
何の役にも立てないと思っていた。けれど、少なくともエレオノールに彼女の持つ能力を伝える事ができた…その事実に、椿は小さな喜びを覚えた。
一方、エレオノールの方は一度嬉しそうな表情を作った後…深刻な顔に変わり、黙り込んでしまった。
「…どうしたの、エレナ」
「いや、椿の能力を見込んで、ひとつ聞いてみたい事ができてね…しかし、このような事を聞いて良いものか…」
「…?僕に分かる事なら、なんでも聞いてよ。顔さえ見えれば、誰の能力でも見極める事が出来るはずだから」
「では、聞こう」
エレオノールは、身を乗り出した。
「王太子殿下の能力について…君はどのように見た?」