終盤戦41
「けほっ…!」
数メートルは弾き飛ばされたハティ。彼女は地面に着地すると共に大きくせき込んだ。腹部に受けたダメージが大きすぎて立ち上がる事もできない。だが、これでヴォルフラムは仕留めた…そう確信して顔を上げたハティの目に映ったのは、信じられない光景だった。
ヴォルフラム・フォン・クレヴィングの首には、確かにハティの短刀が深々と突き刺さっていた。しかし、その状態で…ヴォルフラムは、息絶える事もなくこちらを見下ろしていた。
「我に一撃を食らわせるとはな」
口に笑みすら浮かべ、ヴォルフラムは言い放つ。
(そんな、バカな…っ!)
首に刃が突き刺さり生きている人間は存在しない。それがハティの認識だった。否、ほぼ全ての人間共通の認識だろう。だが、事実としてヴォルフラムは健在だ。そして当然、それには理由がある。
首の中には、頚椎、頸動脈、気管など傷つけられれば命に関わるさまざまな器官が存在している。それ故の急所である。だが、裏を返せばそれらの器官さえ傷つけられなければ、首への刺突は致命傷とはならない。事実、首を刃物が貫通していながら生存した事例も存在する。とはいえそれは奇跡のような確立である。このような状況でそんな奇跡が起きるなど、普通はあり得ない。だが…、半世紀以上にも渡り、戦場で幾多もの人間を屠ってきたヴォルフラムは感覚として知っていた。人間の体の弱点を。
それ故に、ハティの殺気に気が付き短刀の切先が首に入り込む瞬間…首を動かし、己の首の中にあるであろう弱点を避けた。
並の将であればそもそもハティの殺気に気が付かないであろうし、一流の将でも下手に避けようとして結局は死を迎えるだろう。だが、世界最強たるヴォルフラムは成し遂げた。敵に命を掴まれた状況での紙一重の生存を。
「優秀な暗殺者じゃのう…時と場合によっては我の仲間に引き入れたかもしれんが…今は状況が状況。命を奪うとするか」




