終盤戦39
「今から僕の考えた作戦を伝えるよ。でも、ハティがやりたくないと思ったら断ってくれてもいいから。それは忘れないでね」
ヴォルフラムとの戦いに向かう前。そう前置きして、椿はハティに対して打倒ヴォルフラムの策を語った。その内容は、極めてシンプルだ。それは、
「僕がヴォルフラム大将軍の相手をする。その間にハティが奇襲攻撃を仕掛けて欲しい」
というものだった。奇襲攻撃自体はハティの得意とする戦法だった。その点については彼女としても異論はない。しかし、ハティは眉をひそめる。
「それは…難しいと思う。だって、隠れる場所がないから」
暗殺者としてのハティの本領は遮蔽物がある状況でこそ発揮される。しかし今いるのは平原。しかも先ほどまで余人を交えぬ一騎討が行われており、ヴォルフラムの周囲には人影が少ない。
「うん。そうだね。でも…隠れる場所はあるんだ。ただ、ハティには負担を強いる事になってしまうけど」
椿は少しためらった。だが、勝つにはこれしかない。少年は言葉を続ける。
「僕らの乗ってる馬のお腹にしがみついて、姿を隠して欲しいんだ」
「馬のお腹…?」
「そう。そして、ヴォルフラム大将軍に近付いた時、僕は馬を止める。その瞬間に馬の腹から降りて敵の死角…右側に回って欲しいんだ」
馬の腹にしがみついて隠れるというのはハティにとっては盲点だった。しかし、考えてみればこれ程良い隠れ場所もない。
椿たちの乗っている軍馬は馬鎧を身につけており、小柄なハティが馬の腹にしがみつけば完全に姿を隠す事ができる。
「危険を伴う行為である事は僕も承知してる。だから、重ねて言うけど…断ってくれても構わないからね」
もし走っている最中に馬の腹から落ちれば後ろ脚に踏みつけられる危険性もある。それに何より、ヴォルフラムの命を狙うという事自体がこの上なく危険な行為である。それ故に、この策をハティに強要するつもりはなかった。だが暗殺者の少女は笑顔で応じる。
「分かった。ボクが…ヴォルフラムを仕留める」
「ハティ…」
「主の命令だから従うって訳じゃない。ボクは…ボクの弟妹や、お前を守りたい。だから…戦う」
決意の籠った瞳でハティは椿を見返した。
「ただ、ボクからもお願い。正直…ボクよりも、ヴォルフラムの注意を引くお前の方がずっと危険だと思う。だから…絶対、死んじゃだめ」
「うん。分かった」
椿が頷くと、ハティは時間が惜しいとばかりに馬から飛び降り腹にしがみつこうとした。だが、途中で動作を止めて。
「あ、あと、もうひとつ…」
と思い出したように付け加える。
「この戦いが終わったら、ボクとボクの弟妹に…またおいしいお菓子、ごちそうしてね」




