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平穏

 夜。風呂上がりの椿は椅子の上に腰を下ろした。


 今日一日の出来事を思い出す。朝は会議で始まり、模擬戦闘トーナメントに参加、勝利、そしてカイからの衝撃的な告白…色々な事があった。


「はあ…」


 ため息が漏れた。今になってどっと疲れが押し寄せてきたのだった。これからの事について考えようと思い椅子に座ったのだが…その疲れに引き摺り込まれ、いつの間にか意識は半ば夢の中へと旅立つ。


 不意に、体が軽くなったように感じた。空中を浮遊しているような…いや、誰かに抱き上げられているような。そして、体がどこかに降ろされたのを知覚する。柔らかい。ベッドの上だ。しかし、ベッド以上に弾力がありうっとりするような心地よい感触を頭の下に感じる。寝ぼけまなこのまま、瞼を上げた。


「エレナ…」


 椿の瞳に飛びこんできたのは、穏やかな表情でこちらを見るエレオノールの顔だった。


「ああ、ツバキ。起こしてしまったかい?」


「ううん、ちょっとうとうとしてただけだから」


 顔を動かして周囲に目を向けてみる。今、頭を置いているのは…エレオノールの膝の上。つまり、今彼女に膝枕されているのだという事が分かった。なんとなく気恥ずかしい。かと言って、拒むのもエレオノールに悪いと思い、素直に膝枕される事にした。


「ツバキ、今日はよく頑張ったね」


 エレオノールには、模擬戦闘トーナメントに参加した事についてはすでに話をしていた。


「しかし驚いたよ。私が会談に参加している間に、まさか模擬戦闘トーナメントに参加していたなんてね」


「話の流れでそうなっちゃったんだけど、僕自身も驚いたよ」


 椿は、悪戯っぽく笑って見せた。エレオノールも笑顔を返す。


「ツバキの実力は知っていたつもりだが…まさか初参加の模擬戦闘トーナメントで、歴戦のフィレル将軍相手に勝利を収めるとは。いや、見事と言う他はない」


「ううん、勝てたのはみんなのおかげだよ」


「…ツバキ」


 エレオノールは、椿の頭にそっと手を乗せた。


「君は謙虚だね」


「謙虚って…僕は普通だと思うけど」


「ふふ、そういう所が謙虚だと言っているんだよ。勿論、君の魅力は謙虚な所だけじゃないけれどね。可愛い所とか、それなのにいざという時は臆せず立ち向かう所とか、照れ屋な所とか、素直な所とか、美味しそうにごはんを食べる所とか、寝顔があどけない所とか、それから――」


「ちょ、ちょっと…!」


 延々と褒められ続けるのがむずがゆくなり、エレオノールを制止した。


「ぼ、僕なんかより、エマの事を労ってあげてよ。エマがフィレル将軍を引きつけてくれたおかげで勝てたんだから」


「ふむ、確かにそうだね。聖都に帰ったら、エマの好きな樹枝様焼菓子シャコティスをたっぷりご馳走してあげるとしよう」


 エレオノールは樹枝様焼菓子シャコティスを頬張るエマを想像したのか、クスリと笑い声を漏らす。


「あ、それと…カイさんが、謝ってたよ」


「え?」


 エレオノールは不思議そうに椿の顔を覗き込む。


「会議の時、エレオノールを疑うような事言ってすまなかったって。でも本当に疑ってた訳じゃなくって、僕たちの事が心配で、ついて行くための口実が欲しかっただけだって言ってたよ」


「そうだったのか…」


「今回は、カイさんにも助けられたよ。あの人がいなかったら、きっと負けてた」


 そう言って、カイの顔を思い出す。すると彼女の部屋であった出来事までも脳裏に蘇り…思わず赤面してしまう。


「ん、どうしたんだい?顔が赤くなっているようだけど…」


「い、いや、何でもないよ…」


 カイに口説かれ事、カイが女性である事などはエレオノールには話をしていない。他人の秘密を喋るべきではないと判断したからだ。


「だが、自らを誇らず周りを褒めるのは実に君らしい…。そういう所に、私をはじめとしてみんなが惹きつけられるのだろうね」


「だから、僕なんてそんな大した事…」


 そう言いかけた所で、耐え切れない程に瞼が重くなってきた。今度こそ深い眠りに引き摺り込まれる予感がして、


「エレナ…」


 と、名を呼んだ。


「どうしたんだい、ツバキ」


「その…僕なんて、大した事はないけど…それでも…少しでもエレナの役に立てたのだとしたら…嬉しいよ…」


 そう言い残して、眠りに落ちた。


 規則正しく小さな寝息を立てる椿の顔を見ながらエレオノールは囁く。


「私は君にいつも助けられているよ。少し、ではなく…沢山ね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぐぐ、悔しい、このヒロイン力には誰も及ばなさそう…
[良い点] さすがメインヒロイン!…ストーリーに焼き付くヒロイン力!
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