カイ・ネヴィル2
――まさか、今になってその話を持ち出されるなんて。
それが椿の正直な気持ちだった。椿としては、その話はもう終わったものだと思い込んでいたのだ。しかし、カイにとってはそうではなかったらしい。
いったいどう答えるべきか。ほんの少しだけ戸惑った後、椿は意を決した。最早ここまで来たら、誤魔化す事はできない。正直に話をするしかないだろう。カイの顔を見つめ返した。
「…はい。その話は本当です。でも、それは僕が勝手にやった事です。責任は、僕一人にあります」
「――そうか」
カイは上半身を起こした。そしておもむろに自らの騎士制服の中に手を入れる。何やら胸元でゴソゴソと手を動かして…中から、帯状の物を引っ張り出した。一見するとそれは包帯のように見える。
(…?)
椿は、カイがいったい何をしているのか見当がつかなかった。逃げ出す事も忘れ、呆気に取られながらカイを見上げる。再びカイが覆い被さってきた。そして椿の腕を取り…自らの胸に椿の手を触れされた。
むにゅり、という柔らかな感触が椿の掌に伝わる。
「――え」
椿の思考が停止する。全く想定外の事態が起こっていた。さらに追い討ちをかけるように、カイが囁いた。
「オレは――お前の事が好きだ」
「――え、え、え…?」
カイが何を言っているのか理解できなかった。
(好き?好きって言った?僕の事を…?え、え、え?)
これは夢だ、と思った。ああ、自分はきっと、模擬戦闘の疲れで気でも失って――夢を見ているのだ。そう理解したし、そうとしか思えなかった。
「おい、何か言ったらどうだ」
硬直している椿の頬を、カイが軽くつねった。痛い。――という事は、夢じゃない!?慌ててカイの胸から手を引いた。
「ええええぇえ!?!?なっ…えっ…!?そ、そ、そんな…そんな事、あり得る訳…」
「何か問題でもあるのか」
カイは椿に顔を近付ける。まるで役者のように美しい顔。たしかに、女性だと言われればそう思えなくもないけれど…。
「だ、だ、だって、カイさんが女の人だなんて…!」
「オレは訳あって男として振る舞うよう育てられた。普段は胸も目立たないよう布で抑えている。それだけだ。それに、オレは今まで一言も自分が男だなどと言っていないはずだ」
「じ、じゃあそれはいいとして…僕の事を好きだなんて、そんなの信じられないですよ!」
「どうしてお前を好きになったか答えろという事か。それは…お前が、王太子をぶん殴ったという噂を聞いた時だ。」
カイの頬が、僅かに赤らんだ…ように見えた。
「オレは…前々からあのクソ王太子の事を憎々しく思っていた。一度殴ってやりたいと思っていたが…何もできずにいた。だが、お前はそれを易々とやり遂げたと聞いた。…オレは、そんなお前の男気に惚れた」
(ああ、だから僕が王太子を殴ったかどうか確かめたかったのか…)
なるほど、そこまでは納得いった。いや、正直な所納得しかねたけれど…それでも、無理矢理自身を納得させた。しかし、それでもどうしても辻褄が合わない事があった。
「それならどうして、初めて会った時僕に乱暴な事をしたんですか?」
そう、初めて会った時、椿はカイに壁に押し付けられている。王太子について問い正す意図があったとしても、少し乱暴すぎる行動だろう。あの一見で、カイはてっきり自分に対して敵対心を持っていると思い込んでしまったのだ。
「乱暴?ああ、壁に押し付けた事か。それは、その…自分の想いを異性に告白する時は、ああやるのが普通なのだろう?」
「え?」
「いや、その…オレは、今まで他人に対してこういった感情を抱いた事がなくて…どうすればいいか隊員に聞いた所…『壁に押し付けて、頭の横で手をドンと叩きつけるといい』と、教わったのだが…」
「…それって、壁ドンって事?」
「そういう名前なのか?名前は知らないが、おそらくはそれだ」
(それって普通、男の人が女の人に対してやるものなんだけど…!いやまあ、逆壁ドンとかもあるらしいけど…。それに何より、出会っていきなりそんな事されても混乱するだけっていうか…)
などなど、色々と突っ込みたい所だったが…カイの言葉は、確かに辻褄が合っていた。出会った日の行動(壁ドン)が敵対的なものではないとすれば――確かに、カイは椿に対して一度も敵意を向けてはいない。
「それで、どうなんだ?」
「ど、どうって…?」
「お前は、オレの事をどう思う。…正直に答えてくれ」




