中盤戦30
「戦っていない?それは心外ですねぇ」
肩をすくめるシャルンホスト。
「私達はこうしてミュルグレス軍の動きを抑えているではないですか」
「それは…その通りだが…」
シャルンホスト軍はミュルグレス軍と睨み合いを続けている。敵の動きを封じているという意味では左翼軍として十分な働きをしていると言えなくもない。
そしてシャルンホストは、その状況を維持するために労力を払っている。すなわち、常に陣形を組み替えているのだった。敵が騎馬隊での突撃を敢行する素振りを見せればその方向に向けて重装歩兵部隊の隊列を並べ、逆に歩兵で攻めてくる動きを見せれば弓兵部隊をそちらに展開させる。
実際の戦闘こそ行われていないが、シャルンホストとミュルグレスによる戦いの主導権争いは休む事無く続けられていた。こうしてザシャと会話を続けている今も、
「膠着した状況を打開するため、騎兵による迂回を画策してくる可能性があります。戦場西部の監視を強化しましょうか」
と細々とした指示を部下に下している。
「それで、ええと…何の話でしたっけ?私が戦っていないという話でしたか。しかし見ての通り、私はこうやって指揮を取っているのですが…」
その言葉通り、シャルンホストは軽口を叩きつつもやる事はやっている。総大将カムランに次ぐ戦力、聖騎士序列第二位ミュルグレス・レイを完全に抑えているのだから。
実際、ミュルグレスは索敵や伝令の兵を出し戦場の把握に努める事しか出来ていない。もっとも、それは逆に言えばシャルンホストがミュルグレスに抑えられている――と取る事も出来るが。何にしても、互角の睨み合いを続けているのは事実だ。
(それは分かっている…分かっている…が…)
ザシャとて将軍であり、大十字のひとりである。シャルンホストがただ漫然とミュルグレスと睨み合いを続けている訳ではない事は理解している。しかし、その上で――やはりフェルマー・シャルンホストという男に対して不気味さを憶えずにはいられなかった。




