開戦20
「エルヴィン軍団長!我が軍重装歩兵部隊、敵に押されています!」
帝国軍重装歩兵部隊の後方に控える第二軍団長、エルヴィン・グリュックスの元に伝令兵からの報告が届く。
「前線の指揮官が、エルヴィン閣下の指示を仰ぎたいと申しています!」
「そうか、分かった。だがその前に詳しい戦況を聞かせてもらおう」
「は、はい!敵軍の指揮官、カイ・ネヴィルが我が軍に突入し――」
と、伝令兵が戦況を説明する間エルヴィンは無言で耳を傾け続けた。その顔にはいささかの動揺も見られない。
「承知した。では、重装歩兵部隊の指揮官にはこのまま可能な限り戦線を維持するよう伝えよ」
「え…このまま、ですか…?」
それはつまり何も手を打たないという事と同義ではないか――そんな疑問が伝令兵の表情に浮かぶ。エルヴィンにとって予想通りに反応だ。
「その通り。このままだ」
「しかし…」
「伝令兵。君の名前は?」
「えっ…ト、トゥマリです」
「そうかトゥマリ君。きみは今、我が軍の重装歩兵部隊が劣勢にあると思っているな?」
まるで生徒に問う教師のような口調でエルヴィンは語りかける。
「それは…」
「素直に答えたまえ」
「はい…思っています」
「なるほど。しかし、事実は違う。戦いにおける優勢劣勢などはそう簡単に判断できるものではない。敵は一時的な勢いを得る事に成功しているが…その反面、犠牲にしているものもあるという事だ」
「犠牲にしているもの…?」
「簡単に言えば、体力だ。敵は兵力差を覆すために無茶をしている。敵指揮官のカイ・ネヴィルなどがその最たる存在だろう。確かに敵にひとりで突入する胆力には目を見張るものがあるが…それがずっと続く訳ではない。いずれ力は尽きる。――我々はただ、その時を待ち戦線を維持するだけでいい」
「わ、分かりました!」
「であれば私の言葉を前線指揮官に伝えてくれ」
「はい!」
伝令兵は身を翻すと、前線へと駆け戻っていった。その背を見送りつつ、エルヴィンはひとり呟く。
「――もっとも、このくらいの事は敵とて予想しているだろうがな。しかし、その上で…勝つのは我々だ」




