開戦9
バウテンの号令により、帝国右翼軍は迎撃態勢を築く。この軍は名称こそ帝国右翼軍だが、その構成員の多くは北統王国出身である。当初、彼らの多くはこの戦いについて命を賭けて戦うという意識は薄かった。何故なら北統王国軍は聖王国軍に対して連戦連敗。国のトップである貴族たちは亡命の準備まで進める始末。こんな中でやる気を出せという方が無茶というものだろう。
だが、バウテンの行動がそんな彼らに火をつけた。この老将が、頭を下げてまでこの戦いに加わった事が兵達に知れ渡ったのだ。
クラスノフ・バウテンは指揮官としては優秀だが、ヴォルフラムのような化け物じみた肉体の持ち主ではない。むしろ、痩せていてどことなく頼りなさげにすら見える。戦場に立つよりも、暖炉の前で猫でも抱いているのがお似合いの老人だ。
そんな彼が戦おうとしている。あの爺さんが命を賭けようとしているのに、俺達は戦わなくていいのか――!そんな想いが、北統王国兵の間に沸き上がった。故に、現在北統王国兵の士気は極めて高い。
亡命しようとしている貴族の存在すら、今は彼らの士気を燃え上がらせる道具と化した。「この戦いで聖王国軍を返り討ちにして、逃げ出そうとした貴族共を笑ってやろう」それが彼らの合言葉だ。
「アードリアン千人隊配置完了!」
「ヴァルテル二千人隊、こちらも迎撃準備完了!」
重装歩兵たちは迅速に陣を展開。瞬く間に防御態勢が構築された。そして、兵の誰かが呟いた。
「さあ、かかって来いよ勇壮の聖騎士…俺たちゃてめえみたいに強くねえが…それでもやれるって所を見せてやるよ」
その言葉は、この場にいる者全員の代弁でもあった。




