トーナメント開始
エマは、模擬戦闘に参加する聖王国兵を呼びに食堂へと戻っていった。その間、椿はヒューゴに模擬戦闘の規定説明を受ける。
ルールの概要は以下の通りだった。
・模擬戦闘の参加者は騎馬に乗った30名。馬から落ちた時点でその人間は失格となる。
・武器は刃のついていない模造の剣、槍など。弓の使用は禁止。
・敵陣の旗を奪い30秒間逃げ切れば勝利。一度奪った旗を奪い返される、又は旗を手放してしまった場合は敗北。
「…質問してもいいですか?」
説明を聞き終わりしばらく考えた後、椿が疑問を発する。
「どうぞ」
「敵陣の旗を奪って、その後奪い返されたらその時点で敗北なんですね。…仕切り直しとかじゃなくて」
「その通りです。何も考えず旗を奪ってしまうと、すぐさま奪い返されて逆に負けてしまう。このルールがあるからこそ、模擬戦闘に戦略性が増すのです。敵の防御部隊を排除するなり、抑え込むなりして安全を確保した状態で旗を奪わないといけない訳ですから」
「なるほど…じゃあ次に、馬から落ちた時点で失格っていうのは具体的にどういう状況ですか?例えば鞍から落ちたけど手綱を握っていたらセーフとか、馬にしがみついてればオッケーとか…」
「体の一部が地面についた時点で失格となります。例え鞍に乗った状態でも、馬がしゃがんで乗り手の足が地面についた場合は失格となるのでご注意を」
「分かりました。それじゃあ…一頭の馬に二人で乗るのはアリですか?」
「一頭の馬に二人で…?」
ヒューゴは、まさかそんな質問を受けるとは思っていなかった…という表情になった。
「その…僕は、馬に乗るのがまだ未熟で…誰かと二人一緒じゃないと、まともに戦う事ができないと思うんです」
「ええ、そういう事情でしたらどなたかの騎馬に二人で乗っていただいても宜しいですが…しかし、その場合は騎馬が一頭減る事になりますよ。人数は30名、騎馬は29頭という事に」
「はい、構いません」
椿は頷く。
「それで、最後の質問…というか、お願いなんですけど…フィレル将軍と一緒に参加するのがどんな人達なのか、拝見させてもらってもいいですか?」
「お連れしてきたっす!」
エマが、食堂にいた兵士達と共に戻ってきた。連れてきた兵士は27名。
「エレオノール隊長にも来てもらいたかったんっすけど…」
「…うん、仕方ないよ」
会談中は部外者は立ち入りは禁止だ。エレオノールを連れ出す事は出来ないであろう事は椿も予測していた。彼女抜きで戦うしかない。
つまり、27名の兵士に加えて椿、エマ、カイの30名でチームを編成する事になる。
椿は、27名の兵士達に解析を行った。
(みんな、低い能力じゃないけど…)
特別突出した能力を持つ者はいなかった。つまり椿達の主力は、
カイ
指揮92 武力91 知謀85 政策74
エマ
指揮70 武力82 知謀68 政策60
この二人という事になる。
対してフィレル将軍のチームはというと、先程ヒューゴに紹介して貰った際に解析した限りでは突出した能力の持ち主が3名いた。
フィレル
指揮90 武力93 知謀74 政策55
に加え、
マルセル・ホイサー
指揮75 武力86 知謀45 政策24
ルボル・ホイサー
指揮74 武力85 知謀52 政策21
という両名。ちなみに、その名前から分かる通り二人は兄弟らしい。両名とも逞しい鼻ヒゲが特徴的な大柄な男性だった。
先程の戦いを見る限り、フィレル将軍が防御部隊の指揮を取り、ホイサー兄弟が攻撃部隊の指揮を取るのだろう。
(カイさんとフィレル将軍、エマとホイサー兄弟の一人がほぼ互角だとしても…戦力的にあと一人足りない)
さらに付け加えるなら、全体的な兵の質もフィレル将軍陣営の方がやや上だった。まともに戦っては勝ち目はない。
「カイさん…正直な所、普通に戦っても勝てないと思うんです」
椿は、カイの顔色を伺いながら切り出した。カイが怒りだすのではないかと不安だったが、
「そうか。ではどうする」
と、意外にも素直な態度だった。
「僕に考えがあるんです。…エマも、聞いて貰えるかな」
椿は、カイ、エマに自らの考えを説明した。
「――という感じだけど、エマ、大丈夫そう?」
「ううーん…」
椿の作戦を聞き終わり、エマが首を捻る。
「確かに、自分なら『それ』が出来ると思うっす。けど…本当にそんな都合よくいくんっすかね…?」
「正直、その可能性に賭けるしかないと思うんだ」
「――うん、分かったっす。自分はツバキっちを信じるっすよ!なんせ自分達の軍師っすからね!与えられた役目をこなしてみせるっす!」
「ありがとう、エマ。…カイさんの方はどうですか?その…作戦的に、カイさんに負担をかける事になっちゃいますけど…」
「オレも同じだ」
「え?」
「だから、オレもそこの小娘…エマ・リッツと同じだと言っている。お前を信じる。後は役目をこなすだけだ」
またもや意外な態度だった。正直、カイが素直に従ってくれるかどうかが一番の問題だと思っていたのだが…。
「だが、提案がある。…オレの兵力はもっと少なくていい」
「えっ…でも…」
「大丈夫だ。オレは耐え切ってみせる。…オレを信じろ、ツバキ・ニイミ」
フィレル陣営の30名30騎、そしてツバキ陣営の30名29騎が試合場に入場した。両軍、互いに向かい合う形で並んだ後…試合開始位置につく。ツバキ陣営が東軍、フィレル陣営が西軍だ。
「むっ…これは異な」
「どうした、マルセル兄者」
「あれを見てみろ、ルボルよ」
西軍指揮官の一人、マルセル・ホイサーがツバキ陣営を指差した。
「むう、あれは…」
全員が鉄張りの全身鎧、すなわち板金鎧を装備している中にあって、椿とエマのみが鎖を繋ぎ合わせた鎧…すなわち、鎖帷子の上に騎士服という格好だった。鎖帷子は板金鎧よりも軽いが、防御力が低い。刃のついていない武器とはいえ、直撃すれば怪我をしてしまうだろう。
「板金鎧を着た状態で二人乗りをしては、馬に対する負担が大きい。それを軽減するために軽い鎖帷子を着ているのでしょう」
フィレルが近付き、二人の疑問に対して回答を述べる。
「「なるほど」」
ホイサー兄弟が同時に頷く。
「しかし、二人で一つの騎馬に乗るとは…おかしな戦い方もあったものです」
「「ふふん、まさしく」」
兄弟は二人同時に鼻を鳴らす。しかし、彼らは油断もなければ容赦するつもりもなかった。どんな相手であろうと、全力で叩き潰すだけだ。
「エマ、準備はいい?」
椿は、同じ馬の鞍…その前方に乗るエマに声をかけた。
「勿論っす!」
エマの元気な返事を聞き、椿は微笑む。
「…カイさん、頼みます」
やや離れた位置にいるカイにも声をかける。カイは、
「ああ。――武運を」
とだけ、短く答えた。
喇叭の音が鳴り響く。――試合が開始した。
フィレル陣営の攻撃部隊15騎が素早く飛び出した。残る15騎が旗の周りを固める。
対するツバキ陣営の防御部隊は――僅か7騎。残りの22騎が攻撃部隊となって敵陣へと突き進む。
「あはははは!攻撃的戦術ですか。定石無視ですねえ!」
観客席で様子を伺っていたシャルンホストが楽しそうに膝を叩く。
「確かに定石からは外れている。しかし、新たな戦術とは常に定石の外にあるものだ」
「ふふ、ただのバカかも」
「君の言う通りの愚かな行為なのか…それとも、勝算あっての事なのか。それはすぐに分かるさ」
ヒューゴ大将軍の眼差しが、エマと共に戦場を駆けるツバキの横顔を射抜いた。




