与えられし力
野営地の東方に集結した百頭近い馬と、その傍に立つ同数の騎士達。彼らはみな白銀の甲冑に身を包んでいる。その中で女性は、青髪少女だけだった。
「初めて会ったのがエレオノールさんと君だったから、女の人の多い軍隊なのかと思ってたけど…そういう訳でもないんだね」
椿は、近くにいた青髪少女に素直な感想を漏らした。
「そうっすねー。『聖王国』軍も『帝国』軍も、女の人は稀っすねえ」
「君は――」
君はどうして軍に入ったの?そう問いかけようとして、その前に聞くべき事があったのを思い出した。
「そういえば、君の名前、まだ聞いてなかったね。良かったら教えてもらっていいかな」
「あっ。これは失礼しましたっす」
少女は、自らの胸に手を添える仕草をした。先程エレオノールも同じ動作をしていた事からして、これが『聖王国』軍の敬礼のようだ。
「自分は、百騎隊副長エマ・リッツっす!どうかよろしくっす!」
「うん、よろしくね。えっと…これでいいのかな」
椿も、エマを真似て自らの胸の手を当ててみた。
「あ、あと、僕には敬語というか…あまり丁寧な言葉遣いはしなくても大丈夫だよ」
「え、そうっすか?でも自分、この言葉遣いに慣れちゃってるっすからね…逆に変える方が難しいっていうか…」
そんな会話を交わしていると、
「すまないみんな、待たせた」
馬に乗ったエレオノールが姿を現した。
「他の隊長達に申し伝えておく事があってね。みな揃っているだろうか」
「はっ!」
騎士達が答える。覇気のある声だった。
「よろしい。では、ヌガザ城砦へ向かおうか」
そう兵達に応じた後、ツバキの方を見た。
「ツバキ、君は私の竜騎馬に共に乗ってくれ。君、乗馬の経験は?」
「えっと、ない…」
「ふむ、そうか。…リンノ、すまないがしゃがんでくれないかい」
エレオノールは、竜騎馬の背を軽く叩いた。エレオノールを乗せたまま竜騎馬はしゃがむ。ちなみに、リンノというのは竜騎馬の名前なのだろう。
「私の背にしがみつくようにして鞍に乗ってくれ。鐙は二人分取り付けたから、君もきちんと鐙に足を入れてね」
「う、うん」
エレオノールに言われた通り鞍に腰掛けようとして、リンノの体に触る。その時初めて、自分が跨がろうとしていたのがただの馬ではない事に気がついた。その生き物の体表を覆っているのは毛ではない。赤茶色をした鱗だった。
「こ、これ…!」
そのざらついた感触に驚いて飛び下がる。
「ん?もしかして竜騎馬を見るのは初めてかい?」
「う、うん…」
当然だ。そんな生物、元いた世界にはいなかった。
「竜騎馬は数が少ないからね。『聖王国』軍でも、乗っているのは百兵隊長以上かな。太古に馬と竜の血が混ざったものとも言われているし、竜種の中で速さに特化した存在だとも言われている。何にしても、恐れる必要はないよ」
「わ、分かった…」
恐る必要はない、とは言われたが、椿は恐る恐る竜騎馬…リンノの鞍に乗った。エレオノールがリンノの背を撫でる。すると、ゆっくりと立ち上がった。
「わっ…」
立ち上がる際の揺れで、椿は思わずエレオノールにしがみついてしまう。
「大丈夫かい?」
「だ、大丈夫…」
「よし、それなら出発だ。ツバキ、私の背にしっかりと捕まっていてくれ。振り落とされないようにね」
脇道のない一本道だった。そこをひたすら、西へ西へと進んでいく。
道の左右は森で、道自体の幅は広い。大軍が通過しても難なく通れそうな広さがあった。3時間経った所で大河に差し掛かる。川の名前はロセプス川という…と、椿はエレオノールに教えられた。川にかけられた橋を渡って、対岸へと渡る。橋の幅は道幅とほぼ同じだった。軍隊を通過させるためにかけたものなのだろう。
橋を渡ってさらに4時間。日の暮れる直前、一行はヌガザ城砦へと到着した。
ヌガザ城砦は10m近い高さの城壁に囲まれている。その東方には幅10m、深さ15m程の空堀。北側と南側は、奈落に通じるような深い崖…と、いかにも堅牢そうな城だった。
空堀にかけられた橋を渡り、一同は城砦に入った。兵達にその場で待機を命じ、隊長のエレオノールは城砦司令部へと向かう。椿も同行する。エレオノールがこの城砦に来たのは、椿の監視を命じられたという理由があるからだ。その説明のために椿の同行は必要だった。
城とは言っても華やかさはない。あくまで戦うために作られた無骨な砦だ。司令部は城壁と接して建てられた塔の中あった。司令部のドアを叩くと、「入れ」という気怠げな声が中から聞こえた。
ふたりは司令部へと入室する。文書の散らばった乱雑な部屋だった。
「百騎隊長エレオノールフォン・アンスバッハ。王太子殿下の命により参上いたしました。こちらが私の保護したツバキ・ニイミ殿」
エレオノールはツバキに視線を向ける。
「そしてこれが命令書です」
「あらましは伝令に聞いている。王太子殿下に楯突いたようだな」
城砦司令はエレオノールから文書を受け取ると、中身を確かめもせず机の上に放り投げた。彼の名はバスチアン・シラー。顔色の悪い五十がらみの男だ。
「馬鹿な事をしたものだ。得体の知れぬ小僧など放っておけば良いのに」
「…民を守る事が我々の役目だと心得ておりますので」
「ふん。ご立派な事だ。まあ、ワシとしてはそんな事はどうでもいい。貴様らの寝床は城砦北の空き兵舎を割り当てる。会戦が終わるまで適当にゴロゴロしておれ。食事も用意させる。備蓄品は十分あるからな」
「感謝いたします」
「ふん。これがワシの仕事だからな」
言い終わると、バスチアン司令はしっしっと手を払った。さっさと行けという事らしい。
椿は、結局バスチアン司令の前で一言も発する事はなかった。ただ、自分のせいでエレオノールが嫌味を言われたのが居心地悪かった。
「ひとまず落ち着けたな」
「うん」
割り当てられた部屋で、エレオノールと椿はベッドの端に腰を下ろした。部屋の中にはベッドがふたつに机と椅子。人がふたり寝起きするには十分な広さの部屋だった。
「随分疲れたんじゃないのかい」
「そう…だね」
この世界に転生してきたのが今朝の事。それから王太子に会って、竜騎馬に乗って移動して…疲れていない、と虚勢を張るのは流石に難しかった。
自然と瞼が重くなる。座っているだけで眠り込みそうになったその時…。
94 88 79 99
またもや、目の前のエレオノールの顔の上にあの数字が浮かび上がった。はっとなって目を見開くと…数字は消えている。
「どうしたんだい?」
不思議そうにこちらを覗き込むエレオノール。
「い、いや、なんでも…」
(なんなんだ、この数字は。いったいどういう条件で現れるんだ?)
と考えて、すぐに答えに思い至った。それはごくごく単純な法則だった。
椿は、左目を閉じた。そして、右目だけでエレオノールの顔を見る。すると、彼女の頭の上に数字が浮かび上がった。先程と同じ、
94 88 79 99
二桁の数字がよっつ。
このまま続ければ、さらに何かが見える気がする…そんな予感がした。
さらにエレオノールの姿を凝視する。もちろん左目は閉じたまま。すると、四桁の数字それぞれの左側に文字が浮かび上がった。それは、指揮、武力、知謀、政策。
つまり、今椿に見えているのは、
指揮94 武力 88 知謀79 政策99
という文字になる。
(これって…家康の覇道の能力値じゃ…)
そう思い至った時、ふいに死の直前…というよりも、心臓が停止した直後。つまり、元の世界における最後の記憶が脳裏によぎった。
どこからか聞こえた、
――スキル…解析付与
という声。
(それじゃあ、つまり――これが僕に与えられたスキルって事?)