戦地へ
ついに聖王国軍の行軍が開始された。総勢25万の大軍勢である。そのうち10万が総司令官カムランの直属兵。副司令官であるミュルグレス、オスカー、そしてエレオノールが5万ずつの兵を率いる。
「いやあ、やっぱり5万の軍勢の副長ってのは緊張するっすね。やっぱ自分には荷が重いような…」
エレオノール隊の先頭付近。椿と馬を並べるエマが小声で言った。
「でも、無事に編成を終える事が出来たのはエマの功績も大きいと思うよ。胸を張っていいんじゃないかな」
そう答える椿。
「いやでも、編成が間に合ったのはみんなのおかげっすよ。エレオノール隊長が凄いのはもちろんっすけど、カイさんがビシビシ部隊長の人達に指示してくれて、それをさらにリヒターさんやホフマンさんが下級指揮官の方達に通達して取りまとめてくれて…自分はエレオノール隊長が副司令官会議で不在の時に一時的に代わりを務めるくらいしか出来なくて…」
自信なさげなエマ。しかし、少年はそんな彼女に称賛の眼差しを向ける。
「ううん、エマは凄いよ」
「え…ど、どこがっすか?」
「今、『エレナが不在の時に代わりを務める事しかできない』って言ってたけど…それが出来るのはエマだけなんだよ」
副司令官に選ばれるだけあって、エレオノールの能力は聖騎士の上位三名に勝るとも劣らない。一時的とはいえ、そんな彼女の代わりを務める事の出来る人物などそうそうはいない。いや、能力だけの話ではない。グロスモント隊のオスカーとガレスのように、隊長と副長の淀みない意思疎通も不可欠だ。
(でも、エマにはそれができてる。それは『副長適正』の特質と――)
「エマがずっとエレナを支え続けたからこそだと思う。二人が通じ合ってるから、一時とは言えエマはエレナの代わりが務まるんだよ。エレナにとって、副長としてこんなに頼りになる人は他にいないよ」
「そ、そうっすかね…本当にそうなら嬉しいっすけど…」
エマは照れくさそうにはにかんだ。
「でも、難しい判断を迫られる事ならともかく、それ以外なら…エレオノール隊長の考えてる事、自分には分かる気がしまっす」
「うん、そうでしょ」
「そうっすね。例えば、エレオノール隊長はツバキっちの事が大好きって事とか…自分にはよく分かるっす」
「え、ちょ、ちょっとなんでそんな話題に…」
「いやでも、本当の事っすよ。例えば…」
エレオノールがどんなにツバキの事を想っているのかを語るエマ。その説明を聞き、今度は椿の方が照れて顔を赤くする番だった。
しばらくの間、エマの語りが続いた後…、
「ふふ、でも…ありがとうっす、ツバキっち。ツバキっちのおかげで…ちょっと肩の力が抜けた気がしまっす」
そう言って少女はにこりと笑った。椿も微笑みを返す。
「ううん、僕の方こそ…気負い過ぎてたのが、エマと話してると少し落ち着いてきた気がする。ありがとう、エマ」
ほど良い緊張とほど良い冷静さが自分の中で釣り合っているのを感じて、椿は思う。エマ・リッツという少女は、同じ年頃、同じ目線で気兼ねなく話の出来る自分にとってもかけがえのない存在なのだと。




