聖騎士筆頭
スルズ郊外、聖王国軍野営地。進軍開始という日の早朝。ミュルグレスの予定通り、十日間の間ほぼ降り続いた雨は完全にやみ、空には雲ひとつない。
「いよいよ…か…」
まだ幾分か暗さを残す空を見上げながら椿は呟いた。これから臨む戦いを想い、少年は自身の鼓動が速くなるのを感じる。
戦いに向かうのは初めての事ではない。北統王国侵攻作戦における小規模なぶつかり合いを含めれば、もう両手では数え切れない程に戦闘を経験している。だが、今度は今までの戦いとは違う。
聖王国と帝国の雌雄を決する戦いと言っていいだろう。
この戦いで聖王国軍が勝利すれば、聖王国は大陸を縦断するティグラム山脈の東側を全て領有する事となる。山脈の出口を強固な要塞で固めれば帝国軍の山越えは不可能。さらに正義の聖騎士の働きにより海賊達を参加とした今、海からの上陸も防ぐ事ができる。つまり、ティグラム山脈を国境線として帝国と聖王国の間に平和が訪れる事となる。
対して帝国が勝利すればどうなるか。聖王国最強たる聖騎士七騎が敗れたとなればもはや聖王国軍に帝国の侵攻を止めるすべはない。現在はエステルが司令官代理を務めている巨大要塞を防衛戦とする手も無いではないが…もうひとりの大将軍、ヒューゴ・トラケウが兵を率いてくれば世界最大の要塞であろうと陥落させてしまうだろう。
平和か、破滅か。まさに存亡を賭けた大一番だ。戦いに慣れてきたはずの椿でも、身が固くなるのはやむを得ない…といった所だろう。
そんな少年は、ふと背後に気配を感じた。エレオノールだろうか?それとも、カイか。エマか…そんな事を考えながら振り向いた先には、意外な人物が立っていた。
「やあ…ツバキ・ニイミ君」
「え…」
少年の前に立っていたのは、白金色の髪を持つ青年。聖騎士序列筆頭――カムラン・フォン・レオンハルト。
「落ち着いて話をしたかったんだけど、どうしても時間が取れなくてね。よかったら、少し話をしないかい?」




