参謀長
結局、模擬戦闘観戦にはカイも同行するという事で話は決着した。その後宮廷伯達は会談の席に、その他の者はそのまま食堂で待機となった。
椿、エレオノール、エマは他の聖王国兵達から少し距離を置いた場所に座る。
「模擬戦闘観戦の時間になったら帝国軍の人が迎えに来てくれるって話だったよね」
椿は、カイが同行する事に対して問題はないと考えていた。別にやましい事がある訳でもない。むしろ、疑いがあるならきちんと確認してその疑いを晴らして欲しいとさえ思っていた。
「ああ、その通りだよ。我々が観戦する旨は先程帝国兵に返答したし…午後までここで待っているだけだね」
「いやあ、楽しみっすねえ。模擬戦闘観るの好きなんすよ」
とエマ。
「楽しみにするのは構わないけれど、我々の本来の任務は忘れないようにね」
そう言いながら、エレオノールは妹に対する姉のような視線をエマに向けた。
「本来の任務って言えば…会議の方ではどんな話をするんだろう」
椿が疑問を口にする。
「一番の焦点は捕虜についてだろうね。ロンシエ会戦で聖王国軍は多数の捕虜を取られてしまった。ビューロー宮廷伯はその返還を求めるだろう」
「返還を求めたら返してくれるものなの?」
「場合にもよるが、基本的には返還に応じるはずだよ。そのために捕虜に対しては体を壊さないよう配慮も行なっているはずだ」
「へえ…今までの話だと、帝国軍って捕虜に対して酷い事するイメージがあったけど…意外とそうでもないんだね」
帝国に捕虜に取られようものなら悪くて処刑、良くて監禁か重労働…というのが椿の想像だった。
「捕虜を返還するための対価として身代金が取れるからね。帝国軍も粗略には扱わないさ。もっとも、それは貴族に限った話だ。平民出身者を捕らえた所で身代金を得る事はできない。…庶民は、捕虜にもなれず処刑されてしまう場合が多い」
「そっす。結局、こういう場合でも得するのは貴族サマ…それも門閥の貴族サマなんっす」
エマは、「やんなるっすね」とボヤいて机に突っ伏した。
「門閥貴族は財力があるからね。一族の誰かが捕らわれたとなれば大金を払うさ。そして帝国軍もそれは承知しているから、身代金の値を釣り上げてくるだろう。こちらにも交換できる捕虜がいればまた話は違ってくるんだけれどね」
聖王国軍も捕虜を取ってはいた。城砦防衛戦闘で降伏した特務竜兵隊の隊員などだ。だが、彼らは全員平民出身だ。捕虜交換には使えない。
「しかし、帝国は帝国で早く休戦協定を結びたいという狙いもあるだろう。どうも西の方が騒がしいようだからね。その辺りを上手く利用して身代金を下げる事ができるかどうか…それがビューロー宮廷伯の腕の見せ所だろうね」
「なるほど…」
「ま、自分たちみたいな下っ端がどうこうできる話じゃないっすからねえ。出来るだけ上手くいくよう願って待ってるしかないっすね」
会談の行方、ヒューゴ大将軍が模擬戦闘観戦を持ちかけた理由、そして何かとこちらに絡んでくるカイの思惑。色々と気に掛かる事はあったが、今はただ待ち続けるしかなかった。
正午になり椿達に食事が給される。それを食べ終わった頃、イゾルデが一人食堂に姿を現した。
(あれ、どうしたんだろう)
会談の出席者は会談の席で昼食を取る事になっており、夕方まで帰ってこないはず…。
そんな事を考えているとイゾルデは近付いてきて、
「ちょっといいかしら……?」
と、エレオノールに声をかけてきた。
「はい。何かご用ですか?」
「帝国側の大臣があなたを呼んでいるの。来ていただけるかしら?」
「私を、ですか?」
エレオノールは驚きに眉を顰める。
「そうよ。アンスバッハ家の当主と話がしてみたいのですって……」
「しかし…」
そろそろ模擬戦闘観戦の時刻だ。今から会談の席に参加しては、そちらへ行く事ができなくなる。
「模擬戦闘観戦よりも、こちらの方が大事よ。あなたが来てくれると交渉も円滑に進むと思うの……お願い」
そう言われては、エレオノールも断る事はできなかった。椿達の方へ顔を向ける。
「ツバキ、エマ。模擬戦闘の方は二人に任せて大丈夫だろうか」
「大丈夫っす!自分らの事は気にせず会談に参加してきてくださいっす」
「うん、ただ観戦するだけだし…僕たち二人だけで大丈夫だよ。あ、二人だけじゃなくてカイさんも一緒だから三人か…とにかく、大丈夫」
エマと椿が答える。エレオノールは二人に頷き、イゾルデに視線を戻した。
「了解しました、ファストルフ卿。それでは私も会談の場に向かわせていただきます」
椿はエレオノールとイゾルデの後ろ姿を見送った。そして二人が食堂から退出したのとちょうど入れ違いに帝国軍の軍人が数名、食堂に入室してきた。
「エレオノール・フォン・アンスバッハ殿。ツバキ・ニイミ殿。お迎えに参上しました」
名を呼ばれ、ツバキは帝国兵へと近付いた。
「ツバキ・ニイミは僕です。エレナ…エレオノールは、会談に呼ばれ席を外しました」
「ああ、そうですか」
軍人の中の一人、白髪の青年が一歩前へ進み出た。
「はじめまして。私はヒューゴ大将軍の参謀長を務めるフェルマー・シャルンホスト」
そう言って大仰な仕草で一礼する。
「アンスバッハ殿は会談に参加されましたか。そうですか、そうですか。それは残念です」
シャルンホストは、さして残念でもなさそうな軽い口調で喋る。
「で、あなたお一人で来られると?」
「いえ、エレオノールの代わりって訳じゃないんですけど…他に二人、観戦させてもらってもいいですか?」
「ええ、それは勿論です。二人でも二百人でも二万人でも。何人でも来ていただいて構いませんよ?」
「…あ、ありがとうございます」
椿はシャルンホストのあまりにも軽い態度に気圧されながらもエマを手招きした。
「初めまして。エマ・リッツっす!」
駆け寄ってきてエマがシャルンホストに敬礼する。そしていつの間に近付いていたのか、
「カイ・ネヴィルだ。…よろしく」
と、カイも敬礼を行なった。
「カイ・ネヴィル…?もしや聖騎士・ネヴィル卿ですか?」
「…その通りだ」
「これはこれは。このような場で聖王国軍の英雄にお目にかかれるとは。いやいや!これは光栄です!」
大袈裟に驚いてみせるシャルンホスト。カイは、そんな彼を突き放すような視線で睨む。
「馴れ合うつもりはない。その不愉快な笑顔をさっさと消して案内してくれ」
カイの辛辣な言葉に椿はヒヤリとする。ひょっとしたら口論でも起きるのではないか…と身構えたが、
「おやおや、これは失礼いたしました」
といって、シャルンホストは別段不快感を露わにする事もなかった。
「では、御案内いたしましょう。と言っても、ここは元々聖王国軍の城砦だったのですからわざわざ私が御案内する事もないのでしょうが」
シャルンホストと彼を取り巻く帝国兵が歩き出した。椿は彼らの後をついていきながら、シャルンホストに対して解析を実行する。
指揮93 武力30 知謀98 政策95
「えっ…」
武力を除く全ての値が90を超えていた。思わず声が漏れる。
「何か?」
シャルンホストが振り向いた。
「い、いえ、なんでも…」
慌てて取り繕う。
(物凄く軽そうに見える人だけど…こんなに能力が高いなんて)
油断ならない相手だった。さらにカイの言動も気にかかる上に、エレオノールも不在。
(これは、気を引き締めて行かないと…)
ただの観戦だけでは終わらない――そんな予感を受けつつ、椿は中央広場へと進んだ。




