会議
エレオノールと椿は、ヒューゴ大将軍に対し返答は明日まで待ってもらう事にした。ビューロー宮廷伯に相談もなく決める事はできないからだ。
申し出を受ける旨を伝えると、ヒューゴは「良い答えを楽しみにしています」とだけ述べて帰っていった。
「何が目的で僕たちを誘ったんだろう。…というか、模擬戦闘って?」
二人きりになった部屋で椿はエレオノールに問いかける。
「模擬戦闘というのは、合戦を模した試合の事だよ。刃のついていない剣や槍を使い、二つの陣営に別れて競い合う。大体、数十名から百名規模で行われる試合が多いね。軍事演習であると同時に、名誉をかけて競い合う場でもあり…さらには、娯楽の一種でもある。聖都でも年に何度か行われていて、市民たちもそれを見るのを楽しみにしているよ」
「なるほど…」
(つまり、野球とかサッカーみたいなスポーツに近いのかな)
「もっとも、模造の剣や槍とはいえ当たり所によっては大怪我をするし、馬からの落馬すれば命を失う事もある。実際に行う際は戦場に挑むのと変わらない注意が必要だ。まあ、見ている分にはそこまで注意を払う必要はないけれど…観戦するとなれば、あまり近くで見て試合に巻き込まれないようにしないとね」
「うん」
「しかし、何が目的で私たちを模擬戦闘観戦に誘ったのかは分からないね。帝国軍の力を誇示するためかもしれないし、何か他に意図があるのかもしれない。何にしても気をつけておこう」
明日に備えて休む事にして、二人はそれぞれのベッドに入った。
翌日、朝。聖王国軍一行は食堂に集まり会議を行なった。ビューロー宮廷伯と書記官達、そして護衛団のトップであるイゾルデは会議に参加する。その他の兵は別室にて待機、という旨が通達された。
「他に何か?」
会議の終わり間際にビューロー伯が一同を見回した。エレオノールが発言の許可を求める。宮廷伯が頷く。
「昨日、ヒューゴ大将軍より城砦の中央広場で行われる模擬戦闘観戦の御招待を受けたのですが…」
「ほほほう、大将軍に…」
ビューロー伯は片眉を上げた。
「如何いたしましょうか。参加して良いものかどうか。ちなみに、模擬戦闘は午後から開催されるとの事です」
「ふぅぅむ…」
宮廷伯は上品な顔を俯けしばらく悩んでいた様子だったが、
「まま、御誘いに乗っても宜しいのではありませんか。帝国軍も危害を加えるような真似は行いますまい」
鷹揚に答えた。
「そうですか。では、私とツバキは午後から中央広場に…」
「オレは反対です」
話が終わりかけた所で、突如カイが立ち上がった。
「エレオノール殿。ヒューゴ大将軍から誘いを受けたと仰られましたね」
「はい」
「という事は、昨日ヒューゴ大将軍と二人きり…いえ、そこのツバキ君と合わせ三人で話をした、という事ですね」
「その通りですが…」
「敵国の大将軍と三人きりで、ね」
カイの口調は徐々に刺々しさを帯びてくる。
「…何が仰りたいのでしょう」
「では、はっきりと言わせていただこう。レオノール殿。あなたは大将軍と内通しているのではありませんか?」
「…!」
一同がどよめいた。
「ネヴィル卿……失礼よ……」
イゾルデが嗜める。
「しかしファストルフ卿。帝国軍の大将軍がわざわざ接触してくるとは只事ではありません。内通か…そうでないにしてもただならぬ理由があるはず。オレの考えは間違いでしょうか、アンスバッハ殿」
エレオノールに鋭い視線を向ける。
「私は内通などしておりません、ネヴィル卿」
カイの視線を真っ向から見つめ返し、エレオノールは言った。
「では、何故わざわざ大将軍があなた方に接触を?」
「それは…分かりません。あなたの仰る通り、何か理由があるのは確かでしょうが」
「例えば、アンスバッハ家の名を何らかの形で利用する…というような?」
一同のどよめきが停止し、一瞬場が凍りついた。
「…我が家に、今さらそのような力はないと考えますが」
エレオノールが静かに答える。
「さあ、どうだか。何にしても、アンスバッハ殿とツバキ・ニイミ軍師の二人で模擬戦闘の観戦に向かう…というのは、反対です」
「では、貴公は大将軍の御誘いは断るべきだと?」
と、ビューロー宮廷伯が会話に加わった。
「いえ、そこまでする必要はありますまい。むしろ誘いに乗って相手の思惑を暴くべきかと」
「んぅ?どういう事だね?」
「オレも共に行動します。せいぜい監視させてもらいますよ」




