エレオノール・フォン・アンスバッハ5
エレオノールの言葉には、徐々に悲し気なな響きが混じる。
「皇帝の末裔たるアンスバッハ家が聖王国を乗っ取ろうと画策すれば、それに同調する者は数多く出てくるだろうからね。門閥貴族達が警戒するのも分からないではない。かと言って、何もしていないアンスバッハ家を取り潰す事も出来ない。だから、門閥貴族達は…私の父を勝ち目のない絶望的な戦場に送る事にした。その命令に従い、私の父は戦死した」
「どうして、そんな命令に…」
「一度命令に逆らっても、また同じような命令を受けるだけ。そして何度も命令に逆らい続ければ…軍令違反で処刑の対象となる。それならば命令に逆らうだけ無駄だ、父はそう考えたようだね」
命令に従って死ぬか。逆らって死ぬかという状況にまで追い込まれていたという事だろう。
「父の名誉に誓って言うが…私の父上は、国を乗っ取ろうなどと画策するような人間ではない。そして最後まで聖王国を恨む事はなかった」
「なんで…?自分を死に追いやった国なのに…」
「少なくとも帝国の支配を受けるよりはましだと考えていたんだ、父上は。確かに聖王国は門閥貴族が幅を利かせてはいるが…少なくとも帝国のような恐怖政治ではない。だから、父上は私に言った。聖王国を恨むな、それよりは少しでも国を良くするために生きてくれ…と」
「…」
椿にもエレオノールの父親の言いたい事は分かった。けれど、エレオノールのこれまでの苦労を知っている身としてはそれを全て飲み込むのも難しい。彼女が高い能力を持ちながらもずっと百騎隊隊長に甘んじていた事、ヌガザ城砦で絶望的な防衛戦の担い手のひとりとなった事、そこで功績を上げた後に北部要塞という僻地に飛ばされた事。これら全ては聖王国がアンスバッハ家を恐れたが故の処置だったのだろう。
権力を与えず、機会があれば死地に送り込み、そこで生き残ったら僻地へと飛ばす…それが聖王国の意思という事だ。もっとも、彼女はそれを全て覆してきた。ユンカース、エステル、オスカー。そして椿といった仲間の尽力を得ながら。
そしてその努力が実を結び、今や彼女は門閥貴族としても簡単に手を出せない存在へとなりつつある。何しろ戦乙女と呼ばれ、帝国・北統王国が最も恐れる指揮官のひとりとなっている。そんなエレオノールが戦線から抜けてしまえば、聖王国にとっては大きな戦力の低下、ひいては戦争の敗北へと直結する。
ひとまずの所、エレオノールが彼女の父親と同じような末路を辿る事はないはずだ。
だが、椿として釈然としない気持ちが残る。
――どんなに頑張って帝国の侵攻を食い止めても、エレオノールの父親を死に追いやるような聖王国の門閥貴族達は変わらない――そんな気持ちが。
そんな彼の心を見透かしたのか、エレオノールは椿の背にそっと手を添えながら言った。
「とにかく今は、平和のために全力で戦うしかない。…私はそう思っているよ」




