エレオノール・フォン・アンスバッハ
レイアとの立ち合いを行った日の夜。場所は、エレオノールとツバキが寝所としている天幕の中。ベッドの端に腰かけるエレオノールに、椿は木製のカップを差し出した。
「はい、エレナ」
「ありがとう」
エレオノールはカップを受け取る。そして口を付け、
「…おいしい」
と笑顔を零した。
「でも、初めて口にする風味だ…。いったいこれはどんな香草を…?」
「うん、これは炒った豆で入れたお茶なんだ」
「豆を炒ってお茶に…?それでこんな風味が出るなんて…」
エレオノールは不思議そうにカップを見つめる。
「ツバキは凄いね、こんなものを生み出すなんて」
「ううん、僕も昔そういうお茶があるって聞いて…ちょっと試してみただけだから。でも、エレナの口に合うみたいでよかった」
そう言って、エレオノールの隣に腰かけた。
この世界に来てから、椿なりに色々な事を模索していた。例えば効率的な農業の模索や道具の改良など。もっとも、普段の軍務が忙しくそういった事柄に対して本腰で取り組む事はできていない。そんな中にあって、小さな事ではあるが元いた世界の知識を生かす事が出来た事を嬉しく思う。
(でも、この世界が平和になったら…もっと僕の知識を役立てたいな。――って、あれ…?)
椿は今さらながらに気が付いた。自分はずっと先もこの世界で生きていく覚悟を決めている事に。最初の頃は、いつかは元の世界に戻りたいという気持ちがあった。でも…今は違う。この世界で生きていたいと思っている。そんな風に気持ちが変わった原因は、間違いなく彼の隣にいる女性の存在だ。
そんな少年の心を知ってか知らずか、エレオノールは椿の想いに答えるかのように口を開く。
「それじゃあ、改めて話をするとしよう。アンスバッハ家の――私の事を」




