思惑・2
ヌガザ城砦へと到着した。そこは、帝国軍で溢れかえっていた。城壁の上に翻るのは帝国の旗。この城砦は帝国の物になったのだという事を、椿は改めて実感した。かつて命をかけて城砦を守った者の一人としては、どことなく寂しいような思いが胸に去来した。
ビューロー大臣一行を迎え入れた帝国兵達の態度は慇懃なものだった。少なくとも見かけからはこちらに対する敵対心のようなものは見えない。
一行は隊舎に通された。会談は明日から、という事らしい。椿はエレオノールと相部屋だった。敵地であるため、個室に一人でいるよりもその方が有り難かった。
「何日くらいここにいる事になるんだろう?」
エレオノールに問いかける。
「通例では、こういった会談は10日程度かかる。今回もそのくらいと考えていいだろうね」
「10日か…結構長いんだね」
大臣一行の総数は200人余。それに対して城砦にいる帝国軍の数は…少なく見積もっても1万人。敵地の中で自分たちが孤立しているといった印象は拭えない。
「帝国軍がビューロー宮廷伯を襲う…とか、そういう危険はないのかな?」
「それはまずないだろうね。向こうは休戦協定を結びたい訳だから。それに、そんな事をしてしまえば帝国は今後どの国ともまともな外交交渉が行えなくなってしまう。他国の使者を襲うような国とは、恐ろしくて付き合っていられないからね」
「そっか…そうだよね」
「もちろん、万一の事態に備えておくべきではあるけれどね。そのための護衛なのだから」
「うん」
「だから、ツバキは私と同じベッドで寝るべきだと思うのだ」
「…なんで?」
「それは勿論、万が一刺客がツバキを襲ってきてもすぐさま守れるようにさ」
エレオノールは、自分のベッドをぽんぽんと叩く。こっちへ来てくれというジェスチャーらしい。
「せっかくだけど…遠慮しておこうかな。万が一身に危険が迫ったら、大声を出すから」
「そうか…」
エレオノールは、どことなく意気消沈した様子だった。しかし椿にしてみれば、エレオノールと同じベッドで寝るなど…緊張してまともに寝付けなくなってしまう。
「と、ともかく…そろそろ寝ようか」
そう言った所で、「コンコン」とドアをノックする音が響いた。
「あれ、誰だろう?エマかな」
扉に向かおうとする椿だったが、それをエレオノールが制した。
「一応警戒しておこう」
扉から五歩程度離れた位置で、
「どうぞ」
と外に向かって声をかけた。外から来た相手が突然襲いかかってきても対処できる距離だ。扉が開かれる。その先にいたのは…壮年の男性だった。黒の騎士軍服に、黒のマント。帝国軍の軍人だ。容姿は整っているが派手さはなく、深沈たる雰囲気を纏っていた。
「あなたは…!」
エレオノールが一歩後ずさった。相手は特に交戦的な気配は見せていない。それでも引き下がらざるを得ない『何か』を感じたのだろうか。
「お初にお目にかかります、セリュリウス聖王国公爵、エレオノール・フォン・アンスバッハ殿。そして、ツバキ・ニイミ殿」
(僕の名前を…?)
エレオノールはともかく、自分の名前まで知られているとは椿にとって意外だった。
「失礼ですが、あなた方については少し調べさせてもらいました。何しろ、先の戦では私の作り上げた包囲をあなた方に見事突破されてしまいましたから」
(私の作り上げた包囲網…)
それは、ロンシエ平原での包囲網突破の事を指しているのだろうか。それを作り上げた人物…?それは、まさか…。
「ああ、申し遅れました。私の名は、ヒューゴ・トケラウ。ロンシエ会戦では総司令官を務めていました」
帝国軍最強…いや、世界最強とも名高い大国軍大将軍は静かな笑みを浮かべた。




