思惑
「エマ、聞きたい事があるんだけど…」
アンスバッハ邸。夕食の後、二人きりになった頃合いを見計らって椿はエマに問いかけた。
「自分に分かる事ならなんでも聞いてくださいっす!」
「ありがとう。それじゃあ、聖騎士七騎について教えてもらえないかな。以前、若手の中でもトップクラスに優秀な七人だって話は聞いたけど…もうちょっと、詳しく」
「いいっすけど、どういう事が知りたいんすか?」
「そう、例えば…そもそも、聖騎士七騎って何なの?」
「ああ、確かにそこから説明が必要かもしれないっすねえ。聖騎士ってのは、軍の階級とは別の称号なんっす。『聖騎士勲章を賜った人物』って意味っすね」
「聖騎士勲章…」
その言葉にはどこかで聞き覚えがあった。
「確か…ユンカースさんに与えられた勲章が…」
「そうっす、あれが聖騎士勲章っす。国の危機を救うレベルの武功を立てた軍人だけが得られる、聖王国最高の勲章っすね」
「という事は…聖騎士七騎は全員、ユンカースさん並の…ヌガザ城砦防衛レベルの武功を立ててる…って事?」
「そういう事っすね。聖騎士七騎は変わり者が多いし出自もバラバラっすけど、みんな優秀なのは間違いないっす。そして、戦場において最も価値があるのは優秀な味方…って聖騎士の皆さんは考えてるみたいっすね。だから、聖騎士七騎のみんなは互いを信頼し合ってるみたいっす。一部例外もいるらしいっすけど。ま、それはともかく『聖王国を代表する七人の英雄』って考えれば分かりやすいんじゃないっすかねえ」
「なるほど、七人の英雄か。それじゃあ、次は護衛任務で一緒に行動する二人について聞きたいんだけど…」
「確かイゾルデ・ファストルフ卿とカイ・ネヴィル卿だったっすね」
顎に指先をあて、えーっと、と記憶を探る。
「イゾルデ・ファストルフ卿。人呼んで節制の聖騎士。普通指揮官には得意な戦い、苦手な戦いがあるんっすけど、ファストルフ卿は会戦、攻城戦、撤退戦…どんな戦いでも一定以上の戦果をあげる事で有名っす」
椿はイゾルデに対してどちらかと言えば戦いになど向かない儚げな印象を受けたのだが、紛れもない名将という事らしい。
「それともう一人はカイ・ネヴィル卿っすね。人呼んで信仰の聖騎士。討ち取った将軍の数は3、落とした城の数は10を超えてるっすね。将軍をひとり討ち取っただけで普通なら英雄っすから、これは凄い戦果っす」
「英雄、か…」
「もっとも、一途というか自分の信念を曲げないというか…そういう性格らしくて、それで周囲と衝突する事が多いって噂を聞いた記憶があるっすね。でも、そういう性格を高く評価してる人もいるみたいっす。だからこその信仰の聖騎士なんでしょうねえ」
「悪い人…じゃあ、ないのかな?」
「んー、いい人、悪い人の基準って人それぞれっすからねえ」
「うん、そうだよね」
(やっぱり、自分で判断するしかない…か)
エレオノールに相談しようかとも思ったが、それはひとまず控える事にした。
(なんでもかんでもエレナに頼ってばっかりじゃ…駄目だよね)
出発までの五日間は剣の修練、そして乗馬の習得に充てた。
聖都を出発した一行は、大臣、書記官、護衛等全てあわせて二百十余名。一行の長であるビューロー宮廷伯は色白で面長な、いかにも貴族、といった佇まいの男だった。ビューロー宮廷伯は馬車、その他の者は騎乗だ。
ティグラム山脈までの道を、一行はゆっくりと進む。椿はカイから接触があるのではないかと警戒していたが、特にそのような兆候は見られなかった。そもそも、ビューロー宮廷伯やカイと直接話をする機会すらなかった。途中、イゾルデだけが、
「調子はどう……?」
と声をかけてくれた。
「はい、大丈夫です」
椿が返事をすると、イゾルデは薄く笑みを返してくれた。
それ以外、特筆する事は何もなく一行は淡々と進んだ。ティグラム山脈越えは、椿にとっては一度通ったルートである上に雪も溶けていたため以前よりも進みやすかった。
そんな道のりの中で、椿は聖騎士二人に対して解析を行っていた。
イゾルデ
指揮89 武力88 知謀89 政策87
兵科特性:重装歩兵B 軽装歩兵B 騎馬隊B 弓隊B
特質:節制A(戦いにおいて兵の損耗が少ない)
カイ
指揮92 武力91 知謀85 政策74
兵科特性:重装歩兵A 軽装歩兵C 騎馬隊B 弓隊D
特質:信念A(劣勢であろうと兵の士気が下がらない)
ついでに…という訳でもないが、ビューロー宮廷伯も解析済みだった。
指揮25 武力03 知謀68 政策88
兵科特性:重装歩兵E 軽装歩兵E 騎馬隊E 弓隊E
特質:不明(今の椿の能力では判明できない)
(ビューロー宮廷伯は置いておくにしても…)
聖騎士二人の能力はやはり高かった。イゾルデは全ての能力が80代後半、カイに至っては指揮と武力の両方が90代。この両者が味方でいてくれれば心強い。
(だけど、もしも敵に回ったら…)
斜め前を進むカイの横顔を覗き見る。その表情からは、彼の思惑を伺い知る事はできなかった。




