今後18
防衛部隊長であるティモ・サイエルも帝国軍に竜を扱う部隊が存在する事は承知していた。
(だが…ヌガザ城砦における戦闘で壊滅的打撃を受けたはずだ。しかも、この数…!)
「た、隊長…あ、あんな数の竜相手に戦えるんですか…!?」
「ち、地形を利用して戦えば十分にやりあえるはずだ。柵を固めて遠距離から攻撃を加えれば…」
そう指示をくだそうとしたその時、
「さあ、行くぞォ!」
ジークフラムの号令一下、竜たちが関所に向かって走り始めた。その様子を見て兵は明らかな動揺を見せる。
「お、落ち着け!慌てるな!慌てず戦うんだ!持ち場を離れるな!」
兵たちは事前の配置通り、持ち場について敵の迎撃に当たる。しかし…恐怖のため弓兵は狙いが定まらず、それを統率するはずの下級指揮官も、
「な…何をやっている!きちんと狙わんか!」
と怒鳴りつける事しかできない。本来ならば兵を落ち着かせるための指示を下すべきだった。しかし指揮官自体が恐怖に駆られているためにそれもままならない。とはいえ、仕方のない事だろう。
例えば100頭の獅子が自分たちの拠点に向かって突進してきたとする。嫌でも脳裏に浮かんでしまうはずだ。肉を引き裂かれ、食いちぎられる自分自身の姿を。そんな状況で落ち着いていられる者などそうそういない。しかも相手は竜…獅子すら食らう怪物なのだ。
竜の出現から、僅か30分後――蛇の背本部である第五関所は陥落した。
先頭を進むジークフラムが敵の矢を打ち払いつつ接近、柵の一か所を破った時点で勝負は決した。関所内に竜が入ると、守備兵の多くは完全な恐慌状態に陥り持ち場を捨てて逃げ出したのだ。
「ガイセ隊長」
関所攻略を終えたジークフラムにマルガレーテが声をかける。
「関所の指揮官を捕らえました。どうしますか?」
「…お前に任せらァ」
「承知しました。それで…今後の方針は?」
逃げ出した兵の追撃を行うのか。それとも一旦ここに留まるのか。指示を仰ぐマルガレーテだったが、
「つまんねえなあ…」
ジークフラムは、そんな事を呟くばかりだった。
「つまらない…ですか…?」
別にジークフラムに楽しんで欲しい訳ではなかったが…しかし、明らかな軍規違反を犯して関所を破っておいて「つまらない」とは何とも身勝手な話だった。
「ここの指揮官はショボかった。クソだ」
「そうでしょうか…?」
防衛部隊長、ティモ・サイエルは決して無能な男ではなかった。第四関所を捨て、第五関所に兵を集中させる判断などは的確だったと言えるだろう。単純に、竜の存在が…そしてジークフラムの圧倒的な暴力がそれをねじ伏せたというだけだ。
「あいつァ…強かったな」
「あいつ…?」
「ああ。ヌガザ城砦で俺を迎え撃った指揮官だ。あいつァ…竜に城壁を破られながら兵を纏め、俺の前に立ちはだかった」
脳裏に浮かぶのはくすんだ金髪の青年。だが、彼はすでにこの世にいない。ジークフラム自身が、その手で命を奪ったのだ。
「やっぱりよォ…俺を楽しませてくれんのは…あいつらしかいねえなァ…」
頭に刀傷を負わせ、左腕を奪った二人。少年と女騎士。二人の姿を胸に描き、ジークフラムは拳を握りしめる。
「さァ…俺を楽しませてくれよ…なあ…!」
その心に浮かぶは、憎悪か、妄執か。それとも歓喜か。ジークフラム・ガイセはその顔に獰猛な笑みを浮かべた。




