決着後7
「あれ?ツバキっち?」
天幕へ向かおうとしていたエマが椿を振り返った。
「寝ないんっすか?」
「うん…その、なんだか気持ちが昂っちゃって。少し夜風に当たってから休もうと思うんだ」
「そうっすか。…でも、あんまに風に当たり過ぎると逆に体が冷えちゃうっすよ」
「ありがとう。気を付けるよ」
そんな会話をして椿はひとり野営地に佇む。
野営地ではかがり火が焚かれ、夜警の兵たちが警備を行っている。しかし、昼に比べれば人の動きは少ない。椿は、商業都市スルズの方向…すなわち、エレオノールが帰ってくるでろう方向へと視線を向ける。
エレオノールはスルズでの焼き討ちを防ぎ、こちらへ帰還している最中のはずだ。
(エレナ…遅いな)
そんな事を思う椿だったが、その理由は察しがついている。残党による焼き討ちに備えスルズ穀物庫に警備兵を配置したり、捕らえた捕虜を移送したり…と、エレオノールはエレオノールでやるべき事が多いのだろう。しかし、さすがにそろそろ戻ってくるはずだ。
(…本当は休まなきゃいけないって分かってるけど)
休める時に休むのもまた仕事だ。アイヒホルン軍との戦いは終わったが、それは同時に次の戦いへの準備が始まった事を意味する。
(でも、もう少しだけ)
椿はエレオノールの事を待っていたかった。この戦いが始まってからエレオノールと椿は常に別行動を取り続けてきた。無事なエレオノールの姿を見せたいという気持ちもあるし、無事な自分の姿を見せたいという思いも同様にある。そして、戦いを終え帰ってきたエレオノールを出迎えたいという思いもあった。
ふと、蹄の音が聞こえた気がした。椿は顔を上げる。しかしスルズ方面からは誰も現れない。
(気のせい、か…)
そう思い顔を伏せる。次の瞬間、
「何をしてるんだい?」
優し気な声が椿の耳朶を打った。そちらを振り向く間もなく、後ろからそっと抱きしめられる。自分を抱きしめたのは誰だか、椿にはすぐに分かった。
「え、エレナ…?」
「ただいま、ツバキ」
「い、いつ帰ってきたの…?」
「つい今。スルズで捕らえた捕虜を担当部隊に受け渡して戻ってきた所だよ」
「ああ、そっか。だから…」
スルズ方面からではなく椿の後ろからエレオノールが姿を現した理由が分かった。
「…君とまた会えて良かった」
そう言って、エレオノールが椿の頭にそっと頬を寄せる。
「僕も、また会えて良かった」
しばらくの間、会話もなくそのままの姿勢で過ごした。冷たさを増して来た夜気の中、頬に触れるエレオノールの肌だけが暖かかった。




