決着後5
「またな、ツバキ。これから寒くなる。風邪など引かないよう注意しておけ」
そう言い残し、カイは去っていた。その凛とした振る舞いを見ていると椿としては先ほどまで彼女の頭を撫でていたというのが信じられなくなってくる。
「おーい、ツバキっちー。何してるんっすかー?」
そんなエマの声が背後から聞こえ、椿は振り向く。
「ごめん、エマ。すぐ行くから」
椿はエマやホフマンと共にエレオノール隊へと戻っていった。
一方、その頃カイはというと。天幕から少し離れた位置、人目に付かない茂みの中でひとり佇んでいた。
「はあ…」
小さく息を吐く。そして震える手を持ち上げ、自らの胸の前でぎゅっと握りしめる。
「ツ…ツバキに…」
呟きながら、体の力が抜けたかのようにその場に膝をつく。
「ツバキに…撫でられてしまった…!」
ふはあ…と、甘い響きの込められた吐息を漏らす。
「くう…!」
そしてとうとう、地面にへたり込む。頭を撫でられた時の、恥ずかしいような心地よいような感覚を思い出し足をバタバタと動かす。
「くはぁ…ツバキ…ィ…」
「カイ・ネヴィル卿…?」
身悶えしていた彼女に、後ろから声をかける者があった。カイは寝込みを襲われた豹の如き素早さで立ち上がり後ろを振り向く。
「や、やっぱりネヴィル卿…でしたか」
振り向いた視線の先にいたのは体格のいい茶髪の青年、ガレスだった。
「その…茂みが動いていたので来てみたのですが…い、いったい何をなされていたので?」
ガレスは不思議そうな様子で問いかける。
「…なんの事だ」
「え…今、地面にうつ伏せになって見をよじっていたではないですか」
「いや、そんな事はしていない」
「でも…」
「おい…!」
カイは鋭い目つきでガレスを睨みつけた。さっきの込められた視線だ。
「オレは、何も、していない。…いいな」
「え…あ…えっと…」
「いいな!」
「は、はい!」
カイの剣幕に押され、ガレスは頷いた。それを確認するとカイは何事もなかったかのように身を翻し、自身の部隊の方向へと消えていく。
「今のはいったい…何だったんだ…」
茂みの中に取り残されたガレス。彼は狐につままれたような表情でカイの背中を見送る事しかできなかった。




