決戦100
アイヒホルンを失神させた後の椿とカイの行動は速かった。まず、アイヒホルンの武装を外して腕を縛り上げる。他の兵達も縄で縛り、柱に括り付け拘束。さらにスルズ穀物庫焼き討ち計画まで聞き出す事に成功した。
兵たちは焼き討ち作戦を隠そうとはしなかった。むしろ兵のひとりなどは自分から進んで計画を話した後に
「正直、これ以上アイヒホルン閣下の計画には付き合いきれません。どうか、焼き討ちを阻止してください」
と言葉を結んだ。そんな兵に対し、椿は頷く。
「はい…必ず」
それら一連の作業を終え、アイヒホルンが目を覚ますまでの時間は数分程度。
その後、椿とカイは木立ちの外へ出ようとしていた。二人の横には手を縛られたアイヒホルンの姿がある。
「おそらく少し南下すればグロスモント軍の索敵部隊と合流できるはずです。そこで焼き討ち計画の事を伝え、スルズに兵を派遣してもらいましょう」
「そうだな」
そんな椿とカイの会話を聞きながら、アイヒホルンは顔を歪める。
「貴様ら…こ、このような事をしてただで済むと思っているのか!?私は歴史ある帝国貴族の…!」
「なんだ?まだ殴られ足りないのか?」
カイが拳を構えアイヒホルンを睨みつけた。「ひっ…」と悲鳴を漏らし、アイヒホルンは口を閉じる。
「貴族であろうと王族であろうと、戦いに負けた指揮官は捕虜となる…それが戦場の掟だ。むしろ命があるだけありがたいと思え!」
このような非道な指揮官は捕虜扱いでも生ぬるい、というのがカイの本音だろう。しかし戦闘能力を失った相手の命を奪うというのは騎士道に反する。それに加え、アイヒホルンは帝国の上級貴族だ。
(オレとしては爵位などはどうでもいいが…帝国にとっては見過ごせない存在だろう。少なくとも、帝国相手の交渉材料には使える)
そんな事を考ええながら進んでいると、隣を進む椿の足が止まる。
「カイさん」
「ああ」
椿とカイ、二人は前方の茂みから気配を感じていた。カイは椿を庇うように半歩前へ出る。
(動物か?いや…!)
カイは剣を抜く。そして切先を茂みに向け、声を張り上げた。
「何者だ!出て来い!」
その言葉に茂みが揺れる。
「いやあ、完全に隠れてたつもりなのに…気が付くとは流石ですねえ」
そんな事を言いながら姿を現したのは、白髪の青年。その姿にアイヒホルンは驚愕の眼差しを向けた。
「な、なぜ貴様がここに…!?」
「そりゃあ勿論、あなたに会いに来たんですよ…アイヒホルン侯爵」
そう言って、帝国軍大将軍付参謀長フェルマー・シャルンホストは唇の端を吊り上げた。




