家族
「これにて、ヌガザ城砦防衛軍を解散する。司令代理として最後に言わせてもらおう。…みな、最後まで戦ってくれてありがとう。そして――お疲れ様」
エレオノールの言葉が終わると、兵達は一斉に敬礼を行った。中には涙ぐんでいる者もいた。彼らは一時、聖都中央軍の預かりとなり…また後日、それぞれの別の部隊に配属される事になる。
「隊長、それではまた近いうちお会いしましょう」
そう言って、元々エレオノールの指揮下にあった百騎隊の面々も一時解散した。彼らのうち聖都に家がある物は家に帰り、ない者は聖都中央隊舎で次の命令があるまで過ごす。
「んじゃー…また」
そう言って、リヒターも別れた。特に感慨深い様子もない、あくび混じりの別れの言葉だった。
後に残されたのは、エレオノール、エマ、それと百騎隊のひとり…ホフマンという高年の騎士、そして椿だった。
「…エマはどうするの?」
と椿。
「自分っすか?自分とホフマンさんは、元々エレオノール隊長…というより、アンスバッハ公爵家の従者っすっからねえ。アンスバッハ家のお屋敷に帰るっす」
「そうなんだ…」
(エレナとエマって、やけに親密だと思ってたけど…それは軍に入る前からの主従関係だったからって事か。それはそうとして…)
「僕はどうしよう…」
考えてみれば、椿には行く当てがなかった。聖都中央隊舎とやらに行くべきだろうか。
(一応僕、聖王国の軍人みたいだし…少なくとも住む所と食事は提供してもらえるのかな…)
そんな事を考えていると、
「何を言っているんだい、ツバキ」
と、エレオノールが驚いた顔で椿の顔を見た。
「君は、私の屋敷で共に暮らすものだと思っていたのだが…」
「え…」
「いや、君が嫌だと言うのなら、無理強いはしない」
「嫌なんて…そんな事は…ないよ。むしろ、とっても有り難いし…嬉しい。けど、いいの?」
「当然じゃないか。私は…」
エレオノールは、何かを話しかけて…しかし一度口を閉じた。けれど、決心したように再び口を開く。
「私の両親は既に他界してしまった。兄弟も親族もいない。しかし、寂しいと思った事はない。私は、私の傍にいてくれる者を家族だと思っているからだ。…君も、その一人だ」
女騎士は、椿の手を取った。
「家族なら、同じ家に帰るのが当たり前だろう?…もっとも、君が私の事を家族と認めてくれるのならば、だが」
「…もちろん。エレナがそう言ってくれるなら…僕にとって、エレナは家族だよ」
そう言ってエレオノールの手を手を握り返す。そしてどちらからともなく微笑んだ。
「――ちなみに…」
エレオノールが、こほんと咳払いした。
「私の事を家族と思ってくれるのなら…その…今度こそ、お姉ちゃんと呼んでくれても構わないのだが…」
「…………ま、前向きに考えておくね」
アンスバッハ家の屋敷は聖都の北部にあった。広くはなく派手でもないが洗練された美しい屋敷…そんな印象を椿は受けた。もっとも、『広くはなく派手ではない』というのは、規格外の広さを誇るウォルツシュタイン城を見ていたからで…本来の椿の感覚からすれば、十分『豪邸』の部類に入る屋敷だった。
門を通り庭へ入る。すると、作業をしていた庭師がエレオノールの姿に気付いた。
「おお!ご主人様!お帰りなさいませ!おおい!みんな、エレオノール様がお帰りになられたぞ!」
庭師が声を上げる。すると、屋敷の中から数名のメイドが現れた。
「ご主人様!お戻りになられたのですね」
「お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「ただいま、みんな。私が留守の間しっかりと屋敷を守ってくれてありがとう」
エレオノールは使用人ひとりひとりに対して微笑みを向ける。そして屋敷の中に一歩足を踏み入れ…振り返り、椿をと向き合った。
「ここが君の家だ。…おかえり、ツバキ」
「…うん。ただいま、エレナ」




