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式典

 式典当日。


「おはよう、ツバキ」


 椿に充てがわれた部屋を訪れたエレオノールは、礼装に身を包んでいた。金糸によって薄く模様が描かれた純白のフロックコート風ジャケットに、胸元には白い胸飾り(クラヴァット)。甲冑姿のエレオノールもそれはそれで凛々しい美しさを纏ってはいたが…今の姿はそれとはまた別の、神々しさというべきか神聖な美しさを感じさせた。


 椿はしばし、その美しさに見惚れてしまう。


「…ん、どうしたんだい、ツバキ」


 エレオノールの言葉にハッとわれを取り戻す。


「い、いや…なんでもない…よ。ただ、エレナがそういう服装しているのを見るのが初めてだったから…」


「ああ、そういえばそうだったね。けれど、君も礼装に着替えてもらうよ。一緒に式典に出るんだからね」


「そっか…。でも、僕に合う大きさの衣装ってあるのかな」


「心配いらないよ。軍にはエマのような小柄な女性もいるし…何より、私は君の身長、肩幅、袖丈、胴囲ウエスト、股下…全て把握している。君にぴったり合う大きさ(サイズ)の礼装を用意してもらったよ」


「…」


(いつの間に把握したんだろう)


 その点を尋ねてみたい所だったが、ひとまずそれは棚上げにしておいた。





 式典は、ウォルツシュタイン城内、謁見の間にて行われた。


 サッカーコート程もある広い部屋の中。中央には踏むのを躊躇ためらわれるような深紅の絨毯が引かれている。それを挟む形で左右に立つのは、軍の高官、貴族、大臣たち。奥に近衛兵、そしてさらに最奥には、侍従長と…空位の玉座。


 ヌガザ城砦軍約1500名は、直立不動の姿勢で謁見の間の最も手前…つまり、玉座から最も離れた位置に整列している。1500名と数が少ないのは、負傷者は手当てを受けるため参列していないからだ。


 ――ジャーン。


 という鐃鈸シンバルの音が響く。遥か奥の端から人物が現れ、玉座に座る。と同時に、今度は喇叭ラッパの音が響いた。手に槍を持つ近衛兵は槍を掲げ、それ以外の者は胸に手を添える敬礼を行う。


「帝国軍との戦いにおいて抜群の功績を挙げたヌガザ城砦防衛軍に対し、偉大なる聖王国の統治者、アルフレッド三世より勲章の授与を行う」


「エレオノール・フォン・アンスバッハ、ヘルムート・リヒター、エマ・リッツ、ツバキ・ニイミ。前へ」


 エレオノールを先頭に、四名が深紅の絨毯を進む。先頭を進むエレオノールは全く物怖じしない堂々とした態度だったが…最も後ろを進むツバキは、緊張のあまり今にも倒れそうだった。ロンシエ平原、ヌガザ城砦での戦闘を経ていくらか度胸がついてきたと自負していた椿だったが…これはまた、別種の緊張感だった。


 玉座の前で並び、再び敬礼を行う。


(これが、この国の王様…)


 年は60歳程度。体は特に大きくもなく小さくもなく。顔の血色は良く、顎には雪のように白い髭を蓄えている。そして、その頭上で光り輝く金の王冠。


「エレオノール・フォン・アンスバッハ。偉大なるアルフレッド三世陛下の後継者たるヨハンネス二世殿下の御身をお救いした功績、並びに圧倒的多数の帝国軍の攻勢を防ぎ切った功績により、特級騎士勲章を授与する」


「はっ!」


 エレオノールが前に進み出る。王から侍従長に勲章が手渡され、それをエレオノールが受け取った。


「ヘルムート・リヒター、エマ・リッツ。両名共にヌガザ城砦防衛軍司令をよく補佐し作戦の成功に寄与した功績により、第一等騎士勲章を授与する」


 続けてふたりもまた、同じように勲章を受け取った。


「ツバキ・ニイミ。ヌガザ城砦に敵が侵入した際の的確な助言、また敵将を退けた働きにより第二等騎士勲章を授与する」


「は、はい…!」


 緊張で手足が硬くなりながらも、なんとか前に進み出て勲章を受け取った。


「また、他の者にも四等から五等の騎士勲章を。さらに殉職したヌガザ城砦軍司令、ウィル・ユンカースには聖騎士勲章を授与するものとする」


 侍従長の言葉で勲章授与は締めくくられた。


 その後、軍楽隊による演奏や大臣からの祝辞などが披露されたが、何事もなく式典は終了した。





「緊張したあ…」


 ウォルツシュタイン城を出た所で、椿はほっと胸を撫で下ろした。


「人前に出るのって、苦手なんだよなあ…」


「あはは、ツバキっちは小心っすねー」


「そういうエマだって緊張して手足が一緒に動いてたけど…」


「え、あ、本当っすか!?いやー…実は自分もめちゃ緊張してたんすよねー」


「やっぱり」


 椿はクスクスと笑った。


「でも、王様から何か言われるかと思ったけど…ずっと黙ってたね」


「ま、それが普通っすよ。王太子はアホだから…」


 とエマが言った所で、エレオノールが咳払いをした。ここは王宮の敷地内。万が一王族に対する中傷を近衛兵にでも聞かれてしまったら、まずい事になる。


「あ、失礼しましたっす。えっと、その、王太子サマはちょっとおバカで身勝手でそのくせ目立ちたがりでいらっしゃるから…」


「…それ、何のフォローにもなってないけど…」


「と、とにかく、王太子サマみたいに好き勝手やったり思いつきでほいほい勲章渡したりするタイプの王族は珍しいんっすよ。特に王様ともなれば、そうそう臣下の前で口を開いたりしないもんなんっす」


「ふうん…そういうもんなんだ」


「まあ、帝国の王族は結構グイグイいくタイプが多いみたいでまたちょっと事情が違うらしいっすけど。でも、他の国ではそれが普通っす」


(まあ、王様に話しかけられてもなんて答えていいか分からないし、その方がいいけど)


 と納得した所に、


「エレオノール殿。それと、リヒター殿、リッツ殿、ツバキ殿。いらっしゃいますか」


 たった今出てきたばかりの王宮から来たとおぼしき近衛兵が声をかけてきた。


「ここだ。何かご用だろうか」


 エレオノールが答える。


「国王様が直接話をしてみたいと仰せです。どうか、四名様は小離宮プチ・シャトーの方にお越しになってください」

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