ユンカース
「貴公らの隊長は退いた!」
西城壁上で戦う帝国兵に向けてエレオノールは声を張り上げた。
「城壁内の竜も全て無効化されている。これ以上の抵抗は無益だ。武器を捨て投降せよ!」
凛とした声が響き渡る。
竜兵隊の隊員たちは一瞬の躊躇の後…手に持っていた武器を捨てた。彼らは帝国に対してさしたる忠誠心を持ってはいなかった。どちらかと言えば、彼らを率いていた隊長…ジークフラム・ガイセの持つ強さと狂気に惹かれていたのだ。その隊長が撤退した以上、もう戦い続ける理由はなかった。
特務竜兵隊は、完全に戦闘能力を失った。
椿はユンカースに駆け寄る。
「ユンカースさん!」
ヌガザ城砦防衛軍司令は、腹部から血を溢れさせながら横たわっていた。救護担当の女性が近付き、止血のための処置を始める。
「軍師殿…戦いは…どうなった」
ユンカースが口を開く。掠れるような弱々しい声だった。
「竜も竜兵も、撤退。もしく投降しました」
「そうか、よくやったな…。城壁の…穴は…?」
「リヒターさんが指揮を取って、土嚢や岩で修復しています」
「よし、応急処置だが…あと2日だ。それで持ち堪えられるだろう。…外の帝国兵は?」
「まだ攻めてきています。でも、全て撃退してます。…大丈夫です」
「そいつは…よかった。ぐっ…」
ユンカースの口から、ごぽりと血が零れた。
「ユンカースさん!これ以上は喋らない方が…」
「いや、お前さんに伝えておくべき事がある。体を、起こしてくれないか。この姿勢じゃあ…うまく喋れないんでな」
ユンカースは、彼の腹部を抑える女性に視線を向けた。彼女は一瞬驚いて…何かを悟った表情になり、ユンカースの上半身を支え座らせる。
「まず、城砦防衛軍の指揮権は…副司令のエレオノール殿に委任する。こんな有り様じゃあ、俺は指揮を取れないんでな」
「分かりました」
「エレオノール殿なら大丈夫だろう。リヒターの奴を…上手く使ってやってくれ。あいつはぐーたらな男だが…仕事は出来る。リッツの嬢ちゃんや、兵たちには…よく頑張った。そう俺が言っていたと伝えてくれ」
「…はい」
「そして、ツバキ・ニイミ…」
ユンカースは、俯いていた顔を上げた。ツバキと視線が交錯する。
「…ありがとう。この城砦を守る事が出来たのは、お前さんのおかげだ」
「そんな、僕は…」
自分なんて大した事はしていない、そう思った。最後にがむしゃらに戦って…それが上手く功を奏しただけだ。軍師なんて言われても、それらしい活躍なんてひとつも出来なかった。
「この城砦を守る事ができたのは、みんなと…そして、ユンカースさんのおかげじゃないですか!」
「ああ、確かにな。みんなの…力だ。だがなあ、ツバキ。俺は思うんだ。ひょっとしたら、お前さんならこの世界を…」
そこまで言いかけて、ユンカースは言葉を切った。
「…いや、あんまり期待をかけすぎると…プレッシャーになるよな、はは。だけど、俺は…お前さんの切り開く未来を、楽しみにしてる」
椿は何かを言おうとして…言葉にならず、頷いた。何故だか声が出てこなかった。両の目に涙が溢れ、零れ落ちる。
「そんじゃ、まあ…」
ユンカースは右手で拳を作った。それを持ち上げ…椿の胸を、トンと叩く。
「がんばれよ、軍師殿」
そう告げて微笑んだ。飄々として、どこか人懐っこい笑み。
ふいに、彼を支えていた何かが切れたように腕がだらりと垂れる。
椿は、震える手を伸ばし…二度と目を開く事のないウィル・ユンカースの体を抱き締めた。




