弱点
「聖王国軍の奴等、どこへ行った?」
「さあ、見かけないな。怖気付いて逃げたか」
竜兵二名は、先ほどから城砦兵の反撃が殆ど行われていない事に気がついていた。おかげで施設の破壊活動は効率よく進められている。倉庫をはじめとする城砦施設には、武具、兵糧などを始めとする物資が集められている。それを破壊し、焼き払う事は城砦軍にとって大きな打撃となるはずだった。さらに、城砦内の施設が破壊されれば竜の移動が容易になるし、見晴らしもよくなる。攻め寄せる帝国軍にとってはますます有利な状況になるという訳だ。
「まあ、こっちにとってはその方が都合がいい。とにかく施設を破壊できるだけ破壊して…」
「今だ射て!」
突如、離れた場所にある物陰から飛び出してきた弓兵隊が矢を射掛けてきた。
「ちいっ!」
矢が竜の鱗に、そして竜に乗る竜兵の鎧に命中する。
竜兵は全身を重厚な板金鎧で覆っている。弓で射られようとそう易々と傷つけられはしない。竜にしても、矢が5本や10本突き刺さった所で大して痛くもない。しかし、完全に放置しておく訳にもいかない。100本、1000本、一万本と刺さればその内どれかは竜の目に突き刺さるかもしれないし、竜兵の持つ手綱が切れる可能性もある。そうなると厄介だった。
「追うぞ!」
「ああ!」
二頭の竜は弓兵隊目掛け走り出した。当然、弓兵隊は逃げる。しかし竜の方が速い。間も無く追いつく…というその時、
「上だ!」
竜兵のひとりが叫んだ。その言葉を受け、もうひとりの竜兵が頭上を見上げる。天から大量の水が降り注いできた。いや、正確には天から…ではない。側に立っていた給水塔からだ。
ヌガザ城砦の給水塔は、櫓の上に巨大な桶を載せる形式を取っている。給水塔の側に竜を誘い出し、給水塔を支える櫓部分を一部破壊、竜に向かって傾けさせる事で給水塔の中の水を竜に向かってぶち撒けたのだ。
「がはあっ…!」
給水塔に貯水されていた水は、1トンを超えているだろう。それが一度に降りかかったのだ。巨大な滝から落ちる水を浴びたかのような衝撃。竜兵は竜の背中に押し付けられる。だが、滝とは違い給水塔の水には限りがある。上から降り注ぐ水が無くなると、竜兵は体を起こした。
「やりやがったな!…だがこんな子供騙しで足止め出来ると思うな!行くぞ!」
竜の手綱を強く握りしめ、自身の跨る竜に指示を飛ばす。しかし、竜は…、
「ぐう…ん」
と小さく唸り、地面に体を伏せてしまった。
「なっ…どうしたんだ、お前!立て、立てよ…!」
手綱を強く引き、なんとか竜を立ち上がらせようと試みる。しかし竜はこの場を動こうとしない。
「くそう…!」
「そこまでだ!」
疾風の如く近付いたエレオノールが、竜兵の喉元に長剣を当てた。板金鎧の首元を覆う鎖帷子と、兜の間…ほんの僅かの隙間に剣先がねじ込まれている。少し力を込めるだけで竜兵の首に剣の切先が突き刺さるだろう。
「無益な死は望みではあるまい」
「…分かった、降伏する」
竜兵は竜の手綱から手を離し、もう片方の手に持っていた馬上槍も地面に落とした。
横に視線を向ければ、彼と共にこの場に誘い込まれた竜兵も同じような状態だった。
その光景を目にして、椿は自らの考えが間違っていなかった事に安堵を覚えた。
椿が目にした竜の弱点とは、WATER…すなわち水。果たしてこんなものが弱点になり得るのか、椿にしても半信半疑だったが…結果として、やはり正解だった。
体温が急激に低下すればどんな動物も活動が鈍くなるものだし…何より、竜は本来火山の火口に生息するという。元来寒さに弱いのだ。そして、頭上から降り注がれた水は竜の体温を急激に奪った。
(だから、正確に言えば弱点は水じゃなくて寒さって事になるんだろうけど)
何にせよ、作戦は成功した。そしてこの作戦は別の給水塔でもリヒター指揮下で行われている。そちらも成功していれば、4体…場合によっては5体程度の竜を無効化できているはずだった。
(竜の殆どは無効化できたはず…なら次は)
「エレナ!ここは任せたよ!」
「ツバキ…!どこへ行くんだ!」
椿は、西城壁へ向かって走り始めた。現場に到着した所で何が出来るのか分からない。けれど、
(ユンカースさんを助けないと…)
ただそれだけを考えて駆けた。




