アイヒホルン6
大陸を縦断するように走る峻険なる山々、ティグラム山脈。人を拒む壁の如きその山脈だが、二つの通り道があった。
ひとつは、帝国領(元聖王国領)ヌガザ城砦の西方の山道。決して楽な道のりではないが、やや標高が低くギリギリ軍が進めるだけの道が曲がりくねるようにして続いていた。
そしてもうひとつ。帝国領北東部と北統王国領西部の間。そこには、僅かながら山脈の切れ目が存在した。その部分だけ谷間になり、なんとか人が往来できるだけの道が存在している。
その道を進む一団があった。全員が黒の騎士服に身を包んでいる。帝国軍の精鋭部隊、精鋭槍騎士の面々だ。
先頭を進むのは、黒々とした顎髭を蓄えた壮年の男性。歳の頃は50前後といった所か。それ以外は、二十代と思われる若者が多い。一団は谷間を通り抜け、北統王国の王都、アトゥーンへと到着した。
王宮前広場へと到着した一行を出迎えたのは、精鋭槍騎兵総司令官ハインツ・フォン・アイヒホルンだ。
「一同、礼!」
顎髭の男が号令をかけると、槍騎士たちは一糸乱れぬ敬礼を行った。
「よい、休め」
アイヒホルンがそう言うと、槍騎士たちは一斉に手を下げる。
「久しぶりだな、バルクホルン。元気そうで何よりだ」
「アイヒホルン閣下こそ、ご壮健なようで何より」
精鋭槍騎兵副司令官、コンラート・バルクホルンは自らの主に対し、雄々しさを感じさせる笑顔を向けた。アイヒホルンも笑顔を返す。
「各隊長達も揃っているようだな」
「「はっ!」」
バルクホルンの後ろに控える三人の男女が姿勢を正す。さらにその後ろに並ぶ部隊長に声をかけようとして…アイヒホルンはその中にひとり、異質な人間が混じっている事に気が付いた。
「…なぜ、貴様がここにいる」
鋭い視線を向けられ、その男は一瞬肩をすくめ…とぼけたような表情を作った。
「なぜって…私も帝国軍人ですよ?ここにいておかしい道理はないでしょう」
「ふざけるな。私の精鋭槍騎士に、何故貴様のような男が紛れ込んでいるというのだ…貴様はヒューゴ大将軍の犬だろう、シャルンホスト!」
「いやぁ…犬ですか。私、犬よりも猫の方が好きなんですがねえ」
そう言って、ヒューゴ・トラケウの参謀長、フェルマー・シャルンホストはいやらしく微笑んだ。




