竜
特務竜兵隊が帝国軍本営に到着する少し前。
「し、司令、あれを…」
ヌガザ城砦、西部城壁上。ひとりの兵士がその存在に気付いた。道の遥か向こうから、小山のような巨大な生物が数頭、帝国軍の本営へ向けて進んで来ている。
「ちょっと貸してくれ」
ユンカースは遠眼鏡を受け取り覗き込んだ。四つ脚で歩く赤黒い獣…竜だ。数は…10。
さまざまな思いが頭の中を駆け巡る。
――竜?本物か?まさか竜の実戦投入を?実験部隊か?城砦攻めに利用するつもりか?
竜が実戦投入されたという話は聞いた事がない。どのような運用が可能なのか…不確実な要素が多い。しかし、ユンカースは直感した。これから行われる戦いが、城砦防衛戦闘、その最大の山場であると。
「…休んでいる者を起こしてくれ。幹部連中は作戦室に集合だ」
総員戦闘準備の喇叭が鳴らされた。
作戦室に城砦防衛軍の幹部が集合する。すなわち、司令のユンカース、副司令兼第一部隊長のエレオノール、第二部隊長のリヒター、第三部隊長のエマ、そして椿。
「もうすでに聞いていると思うが、帝国軍の陣地に竜が到着した」
ユンカースは集まった幹部達を見回した。
「竜…。帝国軍は竜を使って城砦攻めを行うつもりなのでしょうか」
とエレオノール。
「だろうな。威嚇のためだけに持ち出してきた…って事はないだろう」
「竜を戦争に使うなんて、そんな事できるんですか?虎や獅子でさえ無理なんっすよ。なのに、それより大きくて獰猛な竜を…」
「確かに信じ難い話だ」
ユンカースはエマに目を向ける。
「だが、遠眼鏡で見た感じだと竜共は帝国軍の指示に粛々と従っている。帝国は竜を扱う術を見出したか、それとも竜達を指揮する指揮官が特別なのか…」
「し、司令!竜たちが動き出しました!」
敵軍を監視していた兵が叫ぶ。
「…来るか。迎撃に当たるぞ!」
ユンカースの声と共に、指揮官達は立ち上がった。
「ガイセ隊長、出撃準備整いました」
特務竜兵隊副長が報告した。淡々とした口調が特徴的な女性。年は二十歳を過ぎたばかりといった所だ。名は、マルガレーテ・セファロニアという。
「おう、そんじゃあ…第一陣、行ってみようぜ。なあ!」
特務竜兵隊隊長、ジークフラム・ガイセは出撃準備の整った竜兵達を愉快気に見る。
体長、およそ5m。全身を赤黒い鱗に包まれ、両肩には蝙蝠を思わせる翼がある。そして翼と翼の間…背の部分には、鞍が設置されそこに帝国軍兵士が座していた。
「じゃあ隊長!行きやすぜ!」
帝国軍兵士…竜兵が叫ぶ。
「行ってこいやあ!」
「軍曹、マラク・ホリガー出撃しやす!」
「軍曹、ギーブル・ノメンゼン出ます!」
竜兵の乗る竜が二頭、ヌガザ城砦へ向け走り出した。
竜が二頭、土煙をあげながら城壁を目掛け走ってくる。ヌガザ城砦城壁上では、兵達がそんな非現実的な光景を唖然としながら見下ろしていた。巨体であるため、一見ゆっくりとした動作に見えるが…速い。馬と同程度の速度は出ている。竜は四足歩行で走っていた。全力疾走する際はこうした体勢を取るらしい。
「撃つっす!」
エマの号令で矢が放たれる。いくつかは竜に命中するが…矢など物ともせず疾走する。その速度が落ちる事はない。竜に矢を射ても無駄だと判断したエマは竜に乗る兵士目掛け矢を放った。肩に命中する。しかし、甲冑に当たったため兵を負傷させる事は叶わなかた。
「ホリガー軍曹!頭を下げろ!狙われるぞ!」
「応!」
竜兵達は、竜の背中にぴったりと体を着けた。この状態では、矢で兵を狙う事はできない。
竜は堀に差し掛かった。竜の体長は約5m。堀を跨ぐ程の大きさはない。このままでは堀の中に転落する…というその直前、竜は翼を広げた。
エレオノールは以前、竜を鶏に例えた。竜も鶏も、空を飛ぶ事は出来ない。翼の大きさに比して、己の体が巨体でありすぎるためだ。しかし、野外で活動する鶏を見た事がある者なら分かるだろうが…鶏は、飛ぶ事は出来ずとも跳ぶ事はできる。
つまり、跳躍に合わせ羽ばたく事によって数メール程度の距離であれば跳ぶ事ができるのだ。竜もまた、同じだった。彼らは堀端まで達したその瞬間…後ろ足で大地を蹴り上げ、羽ばたいた。そして、堀を飛び越え…。
――ズズン。
という、城壁を揺さぶる衝撃。二匹の竜は、城壁へと達し…その鋭い前脚の爪を、城壁下部に食い込ませていた。
「り、竜が…竜が二頭、城壁に取り付きました!」
兵士が叫ぶ。城砦防衛戦、最大の激戦が幕を開ける。




