ハットランド会戦9
結局、男の放った槍は椿の機転により回避された。
心中に動揺を覚えながらも、男はさらなる一投を試みる。背に負った槍に手を伸ばした。しかし、少年の動きの方が早い。
「エマ!あっちの方角にエレナを狙った兵がいる!」
「了解っす!弓兵隊、右三十度の方向に狙いをつけて――」
椿の指示でエマが弓兵隊へと号令を下す。男の方へと狙いをつけ、弓が引き絞られた。
(ちっ…)
これ以上の攻撃は無理だと判断した男は迷わない。槍を捨て、周囲の兵に溶け込もうとするが…その直前。足元から鋭い殺気を感じた。
そちらへ目を向ける前に、体が反応していた。
「うおっ…!?」
その殺気の正体が何かを判断するその前に上体を仰け反らせる。そこに、短刀が煌めいた。男はギリギリで短刀を回避し、その刃が頬を掠めるに留まった。そして、男は殺気の持ち主と目が合った。そこにいたのは、小さな暗殺者、ハティだ。
ハティは椿の指示で男へと接近していたのだ。そして相手が弓兵隊の動きに気を取られているのを見計らい一撃を放った。しかし寸前で回避されてしまう。
(…こいつ、結構強いな)
少女は、心中で相手の力量を推し量る。簡単には勝てない相手だ。しかし、実力はこちらが上。一度小さく息を吐き、二撃、三撃目を放つ。両手に持った短刀と短剣がヒュンと音を立て、男を襲う。
「ぐっ…なんだこいつぁ…!」
男は後ろへ下がつつ副武装である腰の剣を抜き、ハティの攻撃を何とか凌ぐ。
「くそっ…おい、お前!」
「え…?うわっ!」
男は、近くにいた北統王国兵の腕を掴みハティの前へと引っ張った。盾としたのだ。しかし、ハティは兵士の股下をするりと潜り抜ける。
「…逃げるな」
「くそっ…こいつ…!」
ハティの動きは素早やい。どのような動きにも対応してくる。男は、それに対し常に受け身に回り続けるしかなかった。
(このままじゃ殺られる…この、俺が…こんな所で…!)




