ハットランド会戦6
カルマルとその側近たちは最低限の護衛のみを連れて戦場から逃げ出した。カルマル軍の陣形が本営を中心にして徐々に崩れ始める。
「逃げたか」
オスカーが呟く。彼は、敵の陣形の乱れがカルマルの離脱によるものだという事を直観により感じ取っていた。そして、呟きながらも両手剣を振るった。北統王国軍の兵士が数人程薙ぎ倒される。倒された拍子に吹き飛んだ敵兵の剣がオスカーの兜に当たり、キン、という音を立てた。しかし、彼はそのような事は意に介さず再び口を開く。
「まだ間に合う…か」
カルマルは離脱した。しかし、安全圏に逃げ切るにはまだ時間があるはずだ。
「ブルーノ!主力の指揮はお前に任せる!ここに残り敵軍主力と対峙せよ!」
「承知!」
オスカーが配下の指揮官に命令を下す。そして自身は剣を天高く掲げる。
「俺は敵大将を追う!精鋭騎馬隊五千名、俺に続け!」
そう指示を下すと、彼の周囲に騎馬隊が集まった。彼らは一団となり、カルマルが逃走したと思われる方面へと駆けていく。その進路上には敵兵がいるが、オスカーを阻もうとはしない。自分たちを置いて逃げ出した大将を守る義理など、彼らにはないのだ。
(敵大将を捕らえる事が出来れば…聖王国軍は極めて優位となるだろう)
大規模な会戦での敗北、さらにそれを指揮する大将が捕虜になったとあらば、北統王国軍の士気は大いに下がるはずだ。北統王国に未来はないと考え、聖王国に亡命しようとする者も出てくるだろう。
オスカーはカルマルを追う。それを阻む者はいない。そう思われたが、
「我が名はハンヌ・ユヴァス!この先へ進みたければ某を倒してから行け!」
声を張り上げ、オスカーに向かう指揮官が現れた。その者の背後には、五千名程度の騎馬隊も見える。
「ほう…」
オスカーは目を細める。一目でその相手が強敵だと察知した。明らかに不利なこの状況にあって、ハンヌの指揮する兵は統率が取れている。それは彼の指揮能力の高さ、兵からの信頼の厚さを物語っていた。オスカーの胸が躍る。彼は強敵との闘いが自身を成長させると知っていた。しかし、
「――残念だが、その申し出を受ける事はできない」
オスカーがそう呟くと同時に、ハンヌ隊とオスカー直下騎馬部隊の間に一団が割り込んだ。
「邪魔をするな…!」
ハンヌが剣を振るう。風を切り裂く鋭い一撃。しかし、割り込んだ部隊の指揮官はその剣を安々と受け止める。その人物は美しい女騎士だった。
「グロスモント卿!ここは私が。卿は敵大将を追ってください!」
女騎士――エレオノールは、ハンヌの剣を弾くと同時にそう叫んだ。
「武運を祈るぞ、アンスバッハ殿!」
オスカーはそう答え、カルマルへ向かい騎馬の速度を速める。残されたエレオノールとハンヌは、互いに息を吐き睨み合った。




