進行準備21
「ふふ、緊張しているのかい?」
エレオノールの体に抱き着きながらも体を固くしている椿。そんな彼をリラックスさせようと、エレオノールは優しく笑う。
「い、いや、その…ちょっと寒かったから…」
そう答える椿。もちろん、寒いから体を固くしている訳ではなかったが、部屋が少し寒いのは事実だった。季節は秋である。真冬になれば暖炉や薪ストーブといった暖房器具を用いるのだろうが、今は季節の変わり目であるためそこまでの寒さはない。ベッドに潜り込んでしまえば気にならない程度だ。だが、部屋の中でずっと立っていた椿は少しばかり肌寒さを感じていた。
「うん、確かに手が冷えているね。…健康には気を付けないといけないよ」
そう言って、椿の手を優しく握るエレオノール。続いて、頬を寄せてくる。少し冷たくなっていた頬に、エレオノールの頬が触れる。風呂上りで、しっとりと温かい頬。こんな事をされてしまえば、ますます緊張してしまう…そう思った椿だったが、意外にも心臓の鼓動がゆっくりと静まるのを感じた。エレオノールと肌を触れ合わせていると、不思議と落ち着くのだ。恥ずかしいけれど落ち着く。不思議な感覚だった。
「うん…気を付けるようにするよ。風邪をひいて戦いに参加できない、なんてならないようにね」
そう答えると、素直な言葉を褒めるかのようにエレオノールが再び椿の頭を撫でる。
「よし、それじゃあ健康のためにもそろそろ眠るとしよう」
エレオノールは、椿をその腕に抱いたままゆっくりと体を傾けた。椿もその動きに身を任せ、二人でベッドに横になる。行燈の放つ光は消え入りそうな程に弱くなっていた。油が切れかけているのだろう。
「…君をこの腕の中に抱いていると、とても落ち着くね」
そう言って、エレオノールは椿の背に手を廻しぎゅっと抱きしめた。彼女の胸の柔らかな感触が押し当てられる形になり、再び胸が早鐘を打つ。彼女と触れていると落ち着くと思ったばかりだが、やはり女性としてのエレオノールを意識してしまうとまた別という事らしい。
「ツバキ…ありがとう」
エレオノールが小さく呟いた。
「え?」
「今日は私の事を祝ってくれて…本当に嬉しかった」
すでに行燈の灯りは完全に消えていた。けれど、エレオノールが今どんな表情をしているのか。椿にはそれが分かる気がした。
「ううん。僕はエレナの笑顔を見るのが好きだから…エレナが笑ってくれたらそれは僕にとって嬉しい事だから。だから、なんて言うか、その…結局は僕自身のためにやった事っていうか。…あはは、ごめんね。なんか支離滅裂な事言っちゃって…」
「そんな事はないよ。きっと、私も君と同じ気持ちだからね。私だって、君が笑顔でいてくれたら嬉しい」
しばし沈黙が流れる。心地よい沈黙だった。
「さあ、それじゃあ…そろそろ眠るとしよう」
「うん」
椿は瞳を閉じる。そして、優しく…けれど、しっかりとエレオノールの体を抱きしめ返した。




