フォーリング・ライ
城砦防衛戦闘8日目。昼。
「まもなくだな」
モットレイ将軍の声は、喜びというよりは安堵に近かった。
堀を埋める土嚢の橋は完成に近付いていた。完成すれば兵達は橋を渡り、兵達が城壁に向かって殺到する手筈になっている。これでようやく、帝国軍は城砦を落とす事ができる。
「城壁を破るまでに予想される敵側の抵抗は?」
「まずは、城壁上からの丸太、岩などの投下でしょうね」
グリフィスが答える。
「ふむ。それは問題ない。犠牲は出るだろうがな」
「それと、やはり火を使用してくるかと」
「火か…」
例えば、城壁の上から油を降り注がせ帝国兵を油塗れにした所で、上から火種を投下する…という戦法が考えられる。そんな事をされては、火傷ではすまない。
「先陣を切る兵に被害が出るだろうな」
「ええ。とはいえ兵の数はこちらの方が圧倒的に上。屍を踏み越え攻め続ければ、いつかは城砦も落ちるでしょう。そして火にしても落下物による攻撃にしても…土嚢の橋は崩せません」
「ああ。いよいよ、我が軍の勝利だ」
「橋が完成します…!」
城壁の上の兵が叫ぶ。
帝国軍が土嚢で作った道は、もうすでに城壁間際まで迫っていた。あと1時間もしない内に完成を見るだろう。そして、完成と同時に敵兵が押し寄せてくる。事実、帝国兵達は本営周辺で攻勢のための準備を整えつつあった。丸太で作られた破城槌を抱えた屈強な男達が、突入の時を待ちかねている。
「敵さん、随分と大仰な準備をしてるなあ。ざっと見ただけで破城槌が100はある。あんなのでぶっ叩かれちゃあ、いくら堅牢な城壁でもブッ壊れちまうだろうな」
「…ど、どうするんですか?」
ツバキは想像した。城壁が破られ、帝国兵が雪崩れ込んでくる状況を。帝国軍は今までの城砦攻めで多数の死傷者を出してはいるものの、それでもまだこちらの十倍の兵力はあるはずだった。そんな大勢を相手にしては、いくらエレオノールやユンカースが有能であろうと勝機はない。
「ここ10日程、雨が降ってねえよな?」
「…え?」
ユンカースは、突然場違いとも思われる話題を口にした。ツバキは、最初聞き間違いかと思った。
「この城砦には給水塔も井戸もあるから水には困らないがな」
「えっと、もしかして…帝国軍が水不足で苦しんでるって事ですか?」
「いいや、それはないだろう。奴らの後方にはロセプス川がある。そこから水は取り放題だ。俺がいいたいのは、だ。空気が乾いてるって事なんだよ」
「それが、どういう意味を…?」
「さらに付け加えて、今は全く風がない…。もちろんこういう天候を見越して作戦を立ててはいたんだが…いや、当たってよかった」
「…?」
乾燥、無風…それが一体どういう意味を持つのかツバキには理解しかねた。
「司令、準備できたぜ」
リヒターが報告した。城壁の上には…樽が積み上がっている。
「ようし、そんんじゃ始めようか」
「おいよ。よし、始めるぞ」
リヒターは配下の兵に命じる。樽の蓋が開けられ、それを兵士が三人がかりで担ぎ…城壁の下へ、つまり帝国兵が土嚢を積み上げている堀の上へ降り注がせていく。その中身とは…、
「粉…?」
「ああ、粉だ。ライ麦粉120樽分。これだけありゃあ、1万人の兵士が丸二日分は食うに困らない。…まったく、勿体ねえ。しかしこれしかねえんだ、俺に取れる手は」
「粉…?」
城壁の上から粉上の物が降り注がれている事は、モットレイにも視認できた。
「砂か、あれは?」
「いえ、今前線から戻った兵によると…どうやら麦粉のようです。大麦か、それともライ麦か…」
「麦粉だと?いったい何を考えている!?」
「意図を掴みかねますね。麦粉塗れになって兵達は息苦しさと視界の悪さに苦しんでいますが…ただそれだけです」
「ふうむ…もしや、他に妨害する手立てがなく自棄になったのでは?」
「かもしれません。もしくは、煙幕か。こちらが混乱している隙に打って出てくる可能性があります」
「そうだな。よし、兵達に警戒しておくよう伝えろ」
「はっ」
樽の中のライ麦粉が全て堀へと注がれた。もっとも、質量の軽いため、空気中にもその多くが漂っている。
「ようし!総員、遮蔽物に身を隠せ、絶対に顔を出すなよ!それと目を瞑り耳は指で塞げ!いいな!」
兵達はユンカースの指示に従った。椿もそれに倣う。
リヒターが火打ち石で火を起こし、松明に火をつけた。それをユンカースが受け取る。
「悪く思うなよ、帝国兵さんよ」
ユンカースは堀の下へ向かって松明を投げ落とした。そして素早く遮蔽物に身を隠す。
松明が堀の下へ落下していく。その途中で――突如、爆発が起こった。




