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進行準備11

 孤児院からの帰り道。まだ日は当たりは明るかったが、太陽は徐々に西へと落ちかけていた。現在は秋だ。この世界でも秋は日が短いらしく、これから急速に暗くなるだろう。


「こっちの方が近道だよ」


 そう言って、ハティは市街地内にある森を指差す。巨大要塞フルングニル程の巨大な要塞兼都市ともなれば、その中には森もある。とはいえ、うっそうと茂った大森林ではない。端から端まで、歩いて十分程度の小さな森だ。森と言うよりも林とか木立こだちとか表現した方がより正確かもしれない。そこに遊歩道が通っており、安らぎを求める市民が散歩をしたり子供が遊んだりするために利用されている。いわば、この世界における公園のようなものだ。


 椿たちはハティに案内されるまま森の中を進んだ。この辺りは巨大要塞フルングニルの中心である城館キープも近く、治安が良い。日は落ちかけているが辺りはまだ明るい。特に危険はないと思っていたのだが…。


「あの茂み…」


 突如、ハティが前方を指差して囁いた。


「どうしたの?」


 椿が問いかけるが、ハティは何かを確かめるようにじっと茂みを観察している。


「――茂みの向こうに、人がいる」


「え?」


 森の茂みの影に人が?そんな所に隠れている人間がいるとすれば、それは強盗か、それとも変質者か…。いや、子供がいたずらで隠れているという可能性もある。必ずしも危険な相手とは限らない。とはいえ、注意するに越したことはない――そう考えた椿だが、そんな彼の考えを他所にハティは茂みに突き進んでいった。


「ハティ、待っ…」


 椿が止めるのも間に合わず、ハティは茂みの向こう側へと顔を覗き込ませた。そして、


「なんだ、お前か…」


 と呟いた。


(え…?)


 いったい何者がいたのだろうかと思っていると、茂みの向こうから返事が返る。


「おいおい、人の安らぎを奪っておいてなんだとはご挨拶だな」


 椿はその声に聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころか慣れ親しんだ声だ。


「リヒターさん…?」


 椿は声の主の名を呼んだ。すると、茂みの向こうから男が顔を出す。彼特有の、気だるげな表情だ。


「ツバキと…リッツの嬢ちゃんも一緒か」


 そう言って、リヒターはふわあ、とあくびをひとつ。


「こ、こんな所でいったい何してたんっすか?」


 エマが驚きの声をあげる。それに対し、リヒターは事も無げに答えた。


「見ての通り。寝てたんだよ」


「こ、こんな所で寝てたんっすか?城館キープにある自分の部屋で寝たらいいのに…」


「おいおい、止めてくれよ。確かにあそこには俺の寝室もあるが…同時に、職場でもある。あんな所じゃ落ち着いて寝れねえって」


「だ、だからってこんな所で寝なくても…」


「何言ってんだよ。喧騒から離れ、心地いい秋風を感じ木漏れ日の下で眠る…これに勝る贅沢なんてないだろ?」

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