新司令官47
(確かに褒められすぎだけど、でも…)
椿は思い直す。
(エレナやユンカースさん、みんなに助けられた恩を返すためには…聖王国を平和にするためには、本当に頼られる存在にならないといけないんだ)
英雄、とまではいなかくとも軍師としてエレオノールやオスカーの力にはならなければいけない。となれば、謙遜してばかりはいられないだろう。だから、椿はオスカーの顔を真っ直ぐに見返して返答する。
「――はい、僕の方こそよろしくお願いします」
オスカーは雄々しい笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「さて、それぞれの紹介も終わった所で今後の方針を決めておくとしよう。もっとも、俺はまだ巨大要塞の現状は把握しきれていない。細かな部分は後々詰めていくとして――ひとまず、これだけは絶対的な方針として示しておく」
そこまで言ってオスカーは言葉を区切り、一同を見回した。
「俺達の最終目標は、北統王国首都の陥落だ」
首都を陥落させる…つまり、北統王国を完全に打ち倒すという事だ。それは以前から示唆されていたが、はっきりと目標として提示されると身が引き締まる思いがする。
「皆も知っての通り、北統王国は帝国と長年に渡る同盟を結んでいる。聖王国の北に北統王国がある限り、我が国に平和が訪れる事はない。だが、逆に――北統王国さえ完全に掌握してしまえば、聖王国が帝国に侵略される危険はほぼ無くなるだろう」
椿は、この話について以前軽く説明された記憶があった。聖王国と帝国との間にはティグラム山脈がそびえている。ティグラム山脈越えの道はいくつかあるが、道は狭く大軍がそこを通るにはかなりの日数を要する。つまり、山脈越え道の出口に砦を作り、そこの防備を固めればまず帝国の侵略を受ける事はない。
それを実現するためにはティグラム山脈沿いの領土を聖王国が全て掌握してしまえばいい。南側は聖王国の領土であるため、後は北統王国領土さえこちらのものになれば帝国は進軍する事ができなくなる…という事だ。
「もっとも、それは帝国、北統の両国も承知しているだろう。俺達の北統王国への進軍を阻止してくるはずだ。エステル・ラグランジュ巨大要塞副司令官、北統王国および帝国の現状を説明して欲しい」
「はい――って、私、副司令官なの?」
「当然だ。グロスモント隊の副長はガレスだが、巨大要塞の副司令官として適任なのは貴公を置いて他にあるまい」
「ま、いいけど。副司令官手当て頂戴ね」
「むっ…あまり酒の飲みすぎるのは良くないぞ」
「ふふ、まあいいじゃない。――と、北統王国と帝国の現状だったわね」
そう言って、エステルは真剣な表情になる。
「まず北統王国については、さすがにひとつの国ってだけあって巨大要塞軍よりも兵の数は圧倒的に多いわ。ただ、反帝国派の貴族が反乱を起こしてたり、海沿いでは海賊が暴れ回ってたり…ちょっとゴタゴタしてるみたいね。そっちにも兵を割かないといけないからこちらにだけ全力を注ぐって事もできないはずよ」
「貴族の反乱に海賊…北統王国も一枚岩じゃないんっすねえ」
「うん、そうみだいたね」
エマの言葉に椿は相槌を打つ。巨大要塞ではそういった反乱がないため詳しく知らなかったが、北統王国も一枚岩ではないという事らしい。
「とはいえ、それでもまだまだ向こうの方が兵は多いわ。ただ、質の高い指揮官はそこまでいないでしょうね。私の見た限り、今回戦った敵が北統王国のトップレベルって所じゃないかしら」
だとするならば有難かった。今回の敵指揮官…特にジラドルフ将軍は強敵だったが、それでもこちらの指揮官、オスカーの方が一枚上手だった。
(つまり、これまでの話を総合すると…北統王国の方が数は多い、北統王国はこっちに戦力を集中できる訳じゃない、北統王国よりも指揮官の質はこっちの方が上…って所かな)
椿は自分なりに北統王国の状況を纏める。戦い方次第では、十分に勝機があるように思えた。
「一方の帝国軍だけど…兵の数、指揮官の質共にこちらを上回っているわ」
エステルはそう言い切った。
「他の聖騎士がこっちに合流すればまた話は別だけど…まともにやりあったら私たちが勝てる相手じゃない。今の状況で北統王国と帝国が合流したら、もうなす術無しね」
「はっきり言ってくれるねえ…」
リヒターがぼやいた。
「私は楽観的な事も悲観的な事も言わないわ。ただ、正直な分析を話させてもらうだけよ」
「ま…そういう所は前の俺の上官とそっくりで、嫌いじゃないですけどね」
そう言ってリヒターは軽く笑って見せる。
「とはいえ、大将軍、ヒューゴ・トラケウは聖王国とは真逆の西方へ侵攻中。もうひとりの大将軍もまだ動く事はできないはず。彼らに次ぐ実力者、帝国の上将軍が動く可能性もあるけど…それでもすぐにこちらに来るのは難しいわ。何しろ、帝国は周辺諸国を滅ぼして急速な拡大を図ったために旧敵国軍の残党が領土内で反乱を起こす可能性を常に抱えてる。その鎮圧のために、優秀な指揮官を領内に配置しておかないといけないから」
そう言い終えると、エステルは真剣な表情を崩した。
「――とまあ、現状はこんな所かしら」




