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戦いの意味

 城砦防衛戦闘3日目。帝国軍の戦法に変化があった。堀を乗り越えるのを一旦中止し、堀を埋める戦い方に切り替えてきたのだった麻袋で作られた土嚢を兵士たちが運び、堀の中に投げ入れていく。当然、ヌガザ城砦の兵もそれを黙って見過ごしてはいない。作業妨害のために矢を射掛け、少しでも埋め立てを遅滞させようと試みる。


 それでもやはり、帝国軍は数が多い。多少妨害されようとも人海戦術で徐々に堀を埋め立てていく。淡々と堀を埋める帝国兵とそれを妨害する城砦兵…という形が続き、3日目も過ぎた。


 その日の夜、帝国軍の天幕にて。


「…やはり時間がかかりそうだな」


 ようやく肩の痛みが治まってきたモットレイがため息混じりに言った。


「しかし、一歩ずつではありますが着実に落城に向けて状況が進んでおります」


 モットレイもその事は理解していた。「うむ」と小さく頷く。


「…ただ、オグレイディ上将軍から催促が来ております。まだ城砦は落ちぬのか、と」


「今しばらくお待ちいただくよう伝えておけ」


 オグレイディ上将軍は、大将軍フィシュタル・ジェネラル、ヒューゴ・トケラウの代わりとしてこの戦いの総司令官となった人物である。王族出身で、実際の指揮能力はない完全なお飾り司令官だった。


「ここはまだ危ない。どうか後方で待機されるように…とな。ああ、兵だけは寄越すように伝えておけ。人はいくらあっても足りんからな」





 上手くいく。作戦通りに行けば全てが上手くいくはずなんだ。


 永遠に耐えないといけないって訳じゃあない。後7日間だけこの城砦を守ればいい。そしてその為の手は打てるだけ打っている。しかし…もし運が悪ければ?手筈通りに行かなければ?


 俺が死ぬのはいい。仕方のない事だ。だが、俺の部下たちは?俺達が城砦で帝国兵を食い止めると信じてティグラム山脈を逃げている聖王国兵たちは?


 もし、俺の作戦ミスで奴らを死なせる事になったら?


 そう思うと恐怖で背筋が凍りつく。この恐怖から逃げ出せるのなら逃げ出したかった。いや、分かってる。逃げ場なんてない事は。


「あの、ユンカースさん…?起きてますか…?」


 扉の外から声が聞こえた。少年の声…椿のものだった。


「おう、どうした?入ってくれ」


 ユンカースは答えた。今までの苦悩など微塵も感じさせぬ声色で。


 扉を開き、椿は部屋に入る。室内は狭かった。側防塔内にある小部屋だ。防衛軍の司令であるユンカースは、何かあった際すぐに起きる事ができるようここで眠る事にしている。もっとも、ちゃんとした睡眠を取るのは防衛戦闘が始まってはじめての事だった。今までは1、2時間程度の仮眠を取るだけでやり過ごしている。


 しかしリヒターが、「司令、あんた全然寝てないだろ?あんたがぶっ倒れたら俺らの仕事が増えんだから、休んでくださいよ」と言うので休みを取る事にしたのだった。


「これ…酒保担当の人が、ユンカースさんにって」


 椿は盆を差し出した。上には鉄製のポットとカップが載せられている。


「ポットに入ってるのはハーブを煮出したもの…らしいです。これを飲むとよく眠れるからどうぞ、って言ってました」


「わざわざ持ってきてくれたのかい。ありがとよ」


「いえ…僕にはこれくらいしか出来ませんから」


 それじゃあ、と言って退出しようとしたツバキをユンカースが引き留めた。


「なあ、ちょっと話相手になってくれよ」


「え?」


「駄目かい?」


「いえ、そんな事はないですけど…」


 ユンカースは、ベッドをぽんと叩いた。そこに座ってくれという事らしい。ツバキは促されるままにベッド端に腰掛けた。


「ツバキ・ニイミ…あんたは、この戦いをどう見る?」


「どう、って…」


 質問があまりに抽象すぎて、なんと答えればいいのか分からなかった。


「無駄な行為だとは思わないかい?」


 意外な言葉だった。防衛軍の司令の言葉とは思えない。


「そ、そんな事は…ない…と、思います」


「どうしてだい?」


「帝国軍は苛烈、そんな風にエレナが…エレオノールが言ってました。もしここで僕らが食い止めなければ、聖王国軍は追撃を受けて皆殺しにされてしまうだろうって。そして、帝国兵が聖王国の領内深くに入れば、民衆も被害に合うだろう…って。それを食い止めなきゃいけない。…そのために戦ってるんじゃないんですか?」


「うん、その通りだ」


 ユンカースはあっさりと言った。それは、今さら言うまでもない当たり前の事だった。やはり、どうして戦いを『無駄な行為』などと言い出したのか意味が分からなかった。


「ただなあ…」


 ユンカースは頭をかいた。


「そもそもこの戦い自体、帝国の国王とその取り巻きの野心が元になって始まったもんだ。つまり、一部の権力者達に振り回されてるだけなんだよな。俺たちも、帝国兵たちも」


「…」


「あーあ、平和な世界になんないもんかねえ。いにしえの時代に世界を統一して長年の平和を確立したっていう伝説の皇帝みたいな名君が現れてな」


 ユンカースは、自らカップに注いだハーブティーを口にした。


「そうすりゃ俺は軍人なんてやめて、田舎で土いじりでもして暮らすのによ」

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