新司令官27
椿とハティの乗る馬は、周囲の軍馬よりも一回り小さなものだった。それがホフマン後ろに隠れれば、前方からはその存在を視認する事ができなくなる。
「何!?こいつ…!」
周囲の兵士が椿とハティの存在に気が付くが、ちょうど馬一頭分の隙間をホフマンと兵士たちが作ってくれていた。ふたりの乗る馬は兵士たちの間をすり抜ける。三列目を抜けた先には――騎馬に乗った数名の兵士の姿があった。パウルと、彼を護衛するための側近だろう。
(解析…!)
解析の使用によりパウルを割り出すと、
「あの人が隊長だ!」
そう叫びパウルへ向かって全力で駆ける。
「なんだ…子供か…!?」
椿の姿に一瞬驚いた様子のパウルだったが、すぐさま剣を構える。椿は、その姿を見て馬を止めた。
「ここまで来ておいて臆したか!?しかしここは戦場、子供であろうと容赦はせんぞ!」
そう叫んだパウルだったが…次の瞬間、首筋にひやりとした感触を覚えた。
「動くな」
耳元で少女が囁いた――ハティだ。
ハティは、敵隊列の三列目を抜けた瞬間に馬から飛び降りていた。そして椿の示した敵に向かって走り、パウルの背後を取ったのだ。
「なっ…」
首筋に当たる冷たい感触が、兜と鎧の隙間から差し込まれた短刀の切先である事はパウルにもすぐさま分かった。
(突如現れた騎馬で注意を引き…その隙に別の者が背後を取ったのか…)
パウルの首筋に冷や汗が流れる。
「し、将軍…!」
「このガキ、パウル隊長殿を…」
周囲の兵士がパウルに駆け寄ろうとするが、
「お前たちも動くな」
そう言って、ハティはパウルの兜を素早く取り外した。パウルの首元に短刀が突きつけられているのが周囲からでもはっきりと見て取れる。
「動いたら…このまま短刀を刺す。だから、えっと…パウル将軍、だっけ…死にたくなかったら、隊に降伏を命令して」
「こ、降伏だと…見くびるな!」
パウルは毅然とした口調でハティの申し出を拒絶した。
「俺は北統王国の将軍だ!貴様ら如きに降伏など…ぐえっ…!」
パウルの言葉を遮り、ハティはパウル将軍に攻撃を開始した。ただし、短刀で首を刺したのではない。腕を廻し首を絞めたのだ。ハティの力は決して強くはない。しかし頸動脈を狙った的確な裸絞により、僅か数秒でパウルは失神した。
「パ、パ、パウル将軍…!」
「…大丈夫だ。死んでない。パウル将軍は…えっと、捕虜として丁重に扱う。だけど、もし僕らを追って来たら…」
ハティは、気絶して馬の上でぐったりとしているパウルの首筋に再び短刀をあてる。パウルを人質にしたという意思表明だ。そしてハティは、パウルと同じ馬に乗ったまま椿の方へと進む。
「…言われた通りにやったけど、これで良かった?」
「うん。ありがとう、ハティ。――ホフマンさんたちと合流して、ここから離脱しよう」
そう言ってふたりは元来た方へと駆けていった。
「ぐ…」
兵士たちは、その後ろ姿を苦々しい思いで見送った。




