反撃
百騎隊の白銀に輝く甲冑は、モットレイ将軍にもすぐに視認できた。
「重装歩兵!前へ出ろ!」
こんな事もあろうかと後方で待機させていた重装歩兵を前進させる。その数、二千。それぞれの手には長槍が握られていた。百騎隊が突っ込んでくれば、この二千名の重装槍兵で迎撃させる。
「さあ、来るなら来い」
ロンシエ会戦ではたった百騎の騎馬が包囲網を打ち破り、それが元で包囲殲滅の機会を逸したという事はモットレイも把握している。この騎馬たちがそうか。だとすれば油断はできない。
しかし、そう簡単に突破されるものか。この猛将モットレイの力を見せてくれよう…。騎馬の上から、猛々しい瞳を光らせ百騎隊を睨みつける。
――パッパー!パッパラー!
聖王国軍の喇叭が鳴る。
百騎隊が橋を渡り…こちらへ向かって駆け出してきた。さあ来い――そう思ったその時、後方で何かが割れるような音がした。
(なんだ?)
と思うが、今はそんな事を気にしている場合ではない。それよりも、百騎隊を全力で叩き潰さねばならなかった。
「し、将軍!」
副長のグリフィスが叫んだ。
「騒ぐな!心配せずとも叩き潰してやるわ!」
「将軍!」
「騒ぐなと言っておる!」
「し、しかし…投石器が…!」
「えっ…?」
モットレイは後方を振り返った。投石器からは火の手が上がっていた。
その部隊は、昨夜の時点ですでに森の奥に配置されていた。ユンカース二千人隊の元副長、ヘルムート・リヒター率いる400名だ。彼らは服の上に木や草を巻き付け、一見すると森の一部にしか見えないよう偽装されている。
しかし、それでも発見される可能性はあった。敵の指揮官が慎重であれば、森の中にまで索敵を行う可能性が高いからだ。それ故に絶対に帝国兵が入ってこないような森の奥で待機していたのだ。行動を開始したのは、帝国兵の苛烈な攻めが始まったその後だった。
ゆっくり、ゆっくりと帝国兵の陣地に近付いていく。誰も彼もが、城砦攻めに熱中していて森の中にまで気を配る者はすでにいなかった。だが、まだ攻める時ではない。息を殺して、彼らは『その時』を待った。
――パッパー!パッパラー!
喇叭が鳴る。それと共に、ついに攻めを開始した。リヒターが手を上げ合図すると、第一派の三百人が森の茂みから姿を現し、投石器に向かって駆けていく。彼らの手には縄が握られ、その先には木で栓をした素焼きの壺が括られている。それを、投石器向けて投擲した。
ガチャン、ガチャンと音がして素焼きの壺が割れて…その内容物が投石器を濡らした。
第二派。彼らは、喇叭が鳴ると同時に火打ち石で松明に火を着けていた。それを投石器に投げる。投石器は火を吹いた。第一派の投げた壺の内容物とは、油だ。元が木製な上に油に濡れた投石器はよく燃えた。
モットレイが振り返ったのは、この瞬間だった。彼は最初燃え上がる投石器を見て…その後、奇襲部隊を指揮するヘルムート・リヒターと目が合った。
「…どうも」
リヒターは気怠げに言った。まるで場違いな声。
彼らは、前方の重装歩兵に向かって全力で駆けている。その手には、先ほど投げ捨てた壺の代わりに刃渡り60cm程のショートソードが握られていた。
「じ、重装歩兵、反転しろ!後ろだ!」
しかし、長柄武器を装備した重装歩兵最大の弱点は反転に時間がかかる事だった。振り向こうとバランスを崩した瞬間、後ろから体当たりを食らい地面にどうと倒れ伏す。
「無駄に殺すなよ」
というリヒターの命令に従い、奇襲部隊はどうしても必要な場合にだけ剣を振るう。
さらに、前方からは百騎隊が突撃する。重装歩兵は前と後ろから挟撃される形となった。隊列が乱れ、道ができる。その道を奇襲部隊は駆け抜けていく。
百騎隊もすぐさま反転し、引き上げていった。
「お、お、追え!追ええええ!」
モットレイが叫んだ。彼が先頭に立って駆け、逃げていく奇襲部隊と百騎隊の後を追う。
「今っす!」
城壁の上からエマの号令が響く。それに合わせ、彼女指揮下の弓兵隊が城壁上から矢を放った。
「ぐっ…!」
「がはっ」
追撃する帝国兵に矢が降り注ぐ。そして、エマ自身はモントレイに狙いを定め…
「ぐうっ…!」
モットレイの右肩に矢が突き刺さった。騎馬から転がり落ちる。
「し、将軍!」
副官、グリフィスの絶叫。
「し、将軍をお救いするのだ!」
モットレイを救うために帝国兵たちが駆けつける。
「息はあります!」
「よし!将軍を連れて引き上げろ!」
数人係で将軍を担ぐと、帝国兵は這う這うの体で引き上げていった。
その頃にはすでに、奇襲部隊は城砦内へと戻り…門扉は固く閉ざされていた。




