カタパルト
日が大きく傾いている。城砦攻めを始めてから、すでに3時間が経過していた。帝国兵は果敢な攻撃を続けているが、それは悉く跳ね返されている。
想定の範囲内とはいえやはり見ていて面白い光景ではない。モットレイ将軍の眉間に皺が刻まれる。しかし、その口元には未だ笑みが浮かんでいた。苛立ちと余裕。相反する感情が、モットレイの中に渦巻いている。
「将軍!」
伝令兵が後方から駆けてきた。
「なんだ」
副官のグリフィスが応じる。
「投石器が到着しました」
「ようし!」
モットレイが喜びの声をあげた。眉間からは皺が消えていた。
「投石器、視認しました!」
遠眼鏡を覗いていた兵が叫んだ。
「その数、四基…いや、五基!」
(投石器…!)
椿の身が竦む。「撃たれまくったら、ちとヤバい」ユンカースがそんな事を言っていたのを思い出す。そう言っていた当の本人…少し離れた場所で指揮を取っているユンカースの顔を盗み見た。彼は、相変わらず気の抜けた顔で戦場を見下ろしている。
ユンカースは静かに号令を発した。
「作戦準備開始だ」
――パッパラパッパ、パッパラパッパ、パッパラパッパ、パララララ〜。
帝国軍の喇叭が戦場に鳴り響く。その音を耳にした帝国兵達は、城砦攻めを中止して本陣の方へと撤退していった。鳴り響いたのは、撤退の合図だったのだ。
「投石器、まもなく射出できます。」
「うむ」
モットレイ将軍は、兵からの報告に対し満足げに頷く。兵を撤退させたのは、投石器を使用した場合、発射された石が自軍の兵にも危害を加えかねないからだった。特に、最初の内は照準が定まらないため味方のいる方向に向かって射出するのは危険が高かった。
兵達は、巨大な牛ほどもある木製の機械を頼もしげに見た。その機械の台座に木の匙が縄で固定されている。匙とはいっても、人の頭でも掬えそうな巨大なものだ。そしてそれを、兵達が数人で後ろへ引く。縄の張力が増していく。もうこれ以上引けない、という所になったら、匙の上に石…というより、岩を乗せる。
「準備完了しました!」
「よし、撃てえい!」
将軍の号令が下された。
「敵の兵達が投石器から離れました!第一射、来ます!」
聖王国兵が叫ぶ。
「みんな!顔を出すなよ!」
ユンカースの指示が飛ぶ。敵が撤退を始めた段階で、城壁の上にいた部隊は側防塔に、城壁内で作業をしていた人間も近くの建物の中に身を隠している。椿も側防塔に身を隠し、狭間(建物の中から外の様子を伺ったり射撃したりするための穴)から外を窺う。
投石器から石が射出された。ひとつは射角が高すぎてあらぬ方向へと飛んでいったが、残り四つは唸りをあげて城壁へと飛来する。
轟音。
石が城壁に突き刺さった。その中のひとつは、ツバキの覗いていた狭間…そのすぐ下に刺さる。バレーボールほどもある岩が、完全に城壁にめり込んでいる。ツバキの背にゾクリとしたものが走る。もしこれが、人に命中したら、頭が粉々に…いや、上半身ごと吹き飛んでしまうだろう。
いや、例え人に命中せずとも…何十発、何百発と突き刺されば、堅牢な城壁にもいつかは穴が開く。そしておそらく相手は、何百発と撃ち続けるつもりなのだ。ツバキは投石器へ向けて目を凝らす。どうやら、再装填には時間がかかるようだ。…しかし、一発撃つのに10分必要だとして…1時間に6発。5台で30発。それを24時間絶え間なく行ったら?720発。5日で…、
「3600発…?」
そんなの、耐え切れるはずがない。それだけの数の投石を受ける頃には…城壁は粉々になっているだろう。
――パラララ、パラララ、パラララッラ、パッララ〜!
喇叭の音が響く。今度は、聖王国軍…ヌガザ城砦から発せられた音だ。
ヌガザ城砦の城門が、開く。そして釣り上げられていた跳ね橋が…堀にかけられる。城門の中から姿を表すは、白銀の甲冑を輝かせる百騎の騎兵。その中央にいる女騎士が、号令を発した。
「百騎隊…出るぞ!」




