西方10
「閣下、伝令です」
新たな伝令兵が天幕に入室する。総大将故に当たり前といえば当たり前なのだが、このように常に情報が入ってくるような環境では頭を休める暇もないだろう…と、フィレルはヒューゴを気に掛ける。しかし、だからと言って情報を遮断する訳にもいかない。
「聞かせてちょうだい」
フィレルは伝令兵を促した。しかし、
「いえ、その――」
と、言葉を詰まらせてフィレルの方へ申し訳なさそうな視線を向けた。
「本国のシャルンホスト参謀長からの伝令なのですが、大将軍閣下以外にはお伝えしないようにとの事でして…」
「そう…それなら私は退出しましょう」
そう言って天幕から出ようとするフィレルだったが、ヒューゴはそれを留めた。
「いや、かまわない。フィレル将軍であれば耳にしてもか構わないだろう。だが、それ以外の者は退出して貰えるかな」
ヒューゴの指示により、ヒューゴ、フィレル、伝令兵の三名以外が退出すると兵は伝令の内容を伝えた。
「聖王国北部方面軍の攻撃により…北統王国、巨大要塞が陥落しました」
「なに…」
フィレルは思わず声をあげる。世界最強の要塞、巨大要塞が陥落するとはにわかには信じられなかった。
「いずれ全軍に伝わる事とは思いますが、取り急ぎ大将軍閣下にのみお伝えしようと急ぎ伝令を送らせた…との事です」
「そうか」
伝令兵の言葉に、ヒューゴは眉ひとつ動かさない。巨大要塞が陥落した事はヒューゴにとっても意外なはずだが、彼にとっては動揺するに値しない出来事だという事だろうか。
「さらに、シャルンホスト参謀長独自の諜報網を使用し調査した所…聖王国側の実質的な総司令官はエステル・ラグランジュという人物だという事が判明しました。それに加え――以前閣下が気にしておられたエレオノール・フォン・アンスバッハ、ツバキ・ニイミ…この両名も要塞攻略に加わっていたとの事」
「なるほど…承知した」
そう返答し、ヒューゴは突如立ち上がる。そしてフィレルや伝令兵に背を向けた。
「閣下…?」
「すまない、フィレル将軍。しばしの間私をひとりにしてくれないか。…僅かな時間でいい」
「か、かしこまりました」
ヒューゴがこのような事を言うのは珍しい…やや驚きながらも、フィレルは伝令兵と共に退出した。
ただひとり残された天幕の中、ヒューゴは小さく呟く。
「君なのか…」
その声には、僅かながら歓喜の響きが含まれている。誰にも見せた事のない…暗い喜びの響きが。
「私の待ち望んでいたものは…やはり、君なのか?ツバキ・ニイミ――」
ヒューゴの瞳の奥に、燃えるような闘志が宿った。
第三章 北部攻防戦 終了
第四章 聖騎士VS帝国の剣へ続く




