転生と女騎士
稲光とほぼ同時に、雷鳴が響いた。近くに雷が落ちたのだ。万一火事にでもなれば燃え広がる危険がある。エレオノール・フォン・アンスバッハは、愛馬に跨り確認に向かった。
落雷のあった場所はすぐに分かった。やはり、野営地のすぐ近くだ。大木が真っ二つに割れている。幸いな事に、火事になりそうな気配はなかった。胸を撫で下ろしたエレオノールだったが、木の根元に誰かが裸で倒れている事に気がついた。
「大丈夫か!君!」
駆け寄った。雷に打たれたためだろうか。意識はない。しかし、呼吸はあった。
見た所外傷はないようだが、一刻も早く医師に見せなければ。エレオノールは、少年の体を愛馬に乗せ野営地に急いだ。
椿は目を覚ました。
「ここは…?」
見知らぬ場所だった。天井がやけに近い。天幕の中…だろうか。
「ああ、気がついたようだね」
女性がこちらを覗き込んできた。その顔を見て、思わずどきりとする。夕日を浴びた稲穂のような金色の髪、湖のように蒼く澄んだ瞳。美しい女性だった。服装は、縦一列のボタンがついたジャケットだ。タイトな服装なため、そのスタイルの良さ…具体的には、胸の豊かさがはっきりと分かる。
「えっと、あ、あなたは…」
「私かい?私は、エレオノール・フォン・アンスバッハ。セリュリウス聖王国の百騎隊長を務めている。そしてここは、聖王国軍の対帝国軍前線野営地だよ」
「は、はあ…」
いったい何を言っているのか、半分も理解できなかった。エレオノール・フォン・アンスバッハというのが彼女の名前だという事は分かった。日本人ではないようだ。
しかし、セリュリウス聖王国?百騎隊長?対帝国軍前線野営地?
いったい何を言っているんだ?まるで、アニメやゲームの中の用語みたいだ。
椿は、自分が夢でも見ているのかと額に手を当ててみた。
(え?)
すると、目の前に数字が浮かび上がった。いや、正確には目の前にいる女性…エレオノールの顔の上に。2桁の数字が、4つ。
94 88 79 99
(なんだこれ?)
驚いて目を見開いたが、その時には消えていた。
「どうしたんだい?」
エレオノールが不思議そうに顔を近付ける。思わず、かっと顔に血が上った。こんな近くで女性の顔を見るのは初めての経験だった。
「い、い、いや、なんでも…ないです」
数字が浮かび上がったように見えたのは気のせいだったのだろうか。
「どこか体調が悪いのかい?軍医の話では特に異常は見られないとの事だったが」
「いえ、そういう訳じゃなくて…」
体調どうこう以前に、ここがどこか。今、どういう状況なのか。それが掴めず戸惑っているのだった。どうやら日本ではないようだが…ヨーロッパだろうか。しかし、セリュリウスなんて国があったかどうか。それに、エレオノールさんはやけに日本語が上手いな…。
「落雷のショックで、一時的に記憶が曖昧になっているのかもしれないね」
「落雷?」
「君は、雷が落ちた近くで倒れ込んでいたんだよ。おそらく、すぐ近くに雷が落ちたために驚いて気絶してしまったんだろう。…覚えてないかな?」
「…はい。覚えていません」
「自分の名前は思い出せるかい?」
「ええ、はい…。新見椿です」
「ニイミ・ツバキ?随分と変わった名前だね。もしかして聖王国出身ではないのかい?」
「はい、出身は日本…」
と言いかけた所で、
「隊長!王太子サマがお呼びっす」
元気な声と共に、天幕の中に少女が入ってきた。年は16、17歳頃。青みがかった髪が特徴的で、服装はエレオノールとほぼ同じ。
「分かった。すぐに向かおう」
エレオノールは立ち上がった。
「君、すまないが私は少し席を外すよ」
椿に対してそう言ったエレオノールだったが、
「あの、エレオノール隊長だけじゃなくて、そっちの彼も一緒に連れてきてくれとの事っす」
「え?」
エレオノールは驚いた後、伺うような視線を椿に向けた。
「君、立てるかい?」
「はい、大丈夫…だと思います」
「そうか。それなら手間をかけるが私と同行してもらえないだろうか」
「は、はい…」
椿は立ち上がろうとした。その瞬間、青髪の少女が「ひえっ」と声をあげる。
「え…?」
椿は、その時初めて自らの格好に気がついた。下半身にこそシーツがかけてあるものの、それ以外は一糸纏わぬ姿…全裸だった。
「…服を、用意してある」
エレオノールは、天幕の隅に置かれている小ぶりなテーブルに視線を向ける。その上には衣服と手鏡が置かれていた。
「私達は出ているから、着替え終わったら教えてくれ」
エレオノールはそう言って、青髪の少女と共に天幕から退出した。
「…」
(もしかして、僕の裸…エレオノールさんに見られたんだろうか。いや、裸を見られたからって別に気にする事はないんだけどさ…男だし。ただ、その…)
股間の愚息を見られたのだとしたら、やはり恥ずかしさは拭えなかった。
椿は、あまり立派とは言えない自身の股間のソレに目を向けて…
(え?)
驚いた。そこが…いや、そこだけだはない。視界に入った体に違和感を覚えたからだ。
慌てて立ち上がり、机の上の置かれた手鏡を取る。そこには…美少年が映っていた。まだあどけなさを残していながらも、瞳は凛としている。
自分とは全くかけ離れた別人の容姿だった。それでいて、これは自分なのだという拭い去れない確信もある。
椿は、よろよろとよろめいた後尻餅をついた。天井を見上げる。
不意に、自分が死に至った状況が脳裏に蘇った。
(そうだ、僕は感電して…)
そして自らが今いる、聞き覚えのない世界。本来の自分とはかけ離れた容姿。なるほど、そういう事か。
「そっか。僕、異世界転生したのか」