新戦力11
ハティが路地裏に消えた後…彼女を乗せていた荷馬車が止まった。そして中から3つの人影が降り立った。
「こっちの思惑通りに進んでくれたな」
人影のひとり、リヒターが小声で囁く。
「はい。…やっぱり、目的地は市街地でしたね」
椿も囁くような小声で答えた。
ハティは、ここまでの逃走を自分の意志で行ったものだと信じ切っている。しかし、それは彼女の思い込みだ。彼女の行動は、全て椿の立てた作戦に誘導されてのものだった。
酒に酔った門番はあくまで演技であり、塀の穴も事前に空けておいたものだ。当然、タイミングよく荷馬車が通りがかったのも事前に手配しておいたため。ハティは、椿に用意された道筋に従ったに過ぎない。
椿が言った体に聞くとは、ハティを意図的に逃がし――その後を追って彼女の目的を確かめるという意味だった。
もっとも、ハティが必ずしも市街地を目指すとは限らない。巨大要塞を脱出しようとする可能性もあったし…エレオノールや椿に恨みを持ち、ふたりの命を狙う可能性もあった。当然、そう動いた場合の道筋と、その対処法も用意していた。とはいえ、椿の読みでは本命は市街地だと睨んでいたのだが。
「…そろそろ行こう」
3人目の人影…エレオノールがそう促した。すでにハティが路地裏に消えてからしばらく経っている。今から追った所で相手に気配を悟られる心配はないだろう。
「よし、了解。…後からついてきてくれよ、お二人さん」
リヒターがふたりの先に立って歩き出す。エレオノール隊でこういった事が最も得意なのは彼だ。体を低くし、地面に目を凝らす…と、赤茶けた靴跡が見えた。足跡は路地裏の先に点々と続いている。この足跡はハティのものだ。
市街地の地面は石畳だ。普通はこのような足跡は残らない。にも拘わらず足跡が残っているのには理由があった。ハティが忍び込んだ荷馬車に乗せられていた樽…その底に、塗料を付着させていたのだ。樽に入りそれを踏んだハティの靴裏には塗料が付着しており、歩いて行けば、足跡が残る…という寸法だ。
「罠って言うまでもない簡単な罠だが、まんまと引っかかってくれたもんだ…」
靴跡が残っているとは言っても、一目で分かる程目立つ跡ではない。あまり目立ちすぎればハティに気が付かれてしまうからだ。リヒターは、そんなおぼろげな足跡を見失う事なく静かに進んでいく。時折進む速度を速めたり遅めたりするのは、ハティと一定の距離を保つためのようだ。どうやら、リヒターは塗料の渇き具合でハティがここを通ったのが約何分前か検討をつける事ができるらしい。
(リヒターさん、やっぱり凄いなあ…さすが、隠密Bと奇襲Bの特質持ち…)
リヒターからやや離れて後ろを進む椿は、前を進む青年の後姿を頼もしく見つめる。
3人は路地裏の奥へ奥へと進んでいった。市街地の中心部からその外れへ、さらに外れへと進んでいく形だ。月明りで照らされる周囲の景色は、徐々に寂れたものへと変わっていった。
突然、リヒターの動きが止まった。椿達を振り向き手招きする。椿とエレオノールは彼に近付いた。
「…足跡は、あの建物の中に消えた。どうやらあの中が目的地らしい」
そう言って前方の建物を指差した。




